男性だって好きに生きていい! 『男が働かない、いいじゃないか!』に込められた思い【「男性学」研究者・田中氏に聞いた】

社会

公開日:2016/5/9


『男が働かない、いいじゃないか!(講談社+α新書)』(田中俊之/講談社)

 「保育園落ちた日本死ね!」とブログで吼えたらジイさんたちに寄ってたかって「イスラム国に行け!」などとテレビで言われ、子供の教育費が足りないことを訴えれば、男性国会議員に「仕方なく進学しても女の子はキャバクラに行く」と言われる。はたまたカリスマプロデューサーは女性アイドルグループに、「頭からっぽでいい」「女の子はかわいくなきゃね」なんて歌を歌わせてしまう。

 毎日毎日、女性を取り巻く環境は炎上と憤怒、そして当事者の諦念であふれている。なんと生きづらい世の中よ。女性が滅亡すれば、地球から紛争がなくなるとでもいうのか……?

 しかし「男性学」を研究する社会学者の田中俊之さんは、「生きづらさを抱えているのは男性も同様です」と語る。男性学とは「男性が男性であるからこそ抱えてしまう困難や葛藤に着目する学問」で、1980年代後半あたりから研究されるようになったそうだ。そんな田中さんは、『男が働かない、いいじゃないか!(講談社+α新書)』(田中俊之/講談社)という新刊を上梓した。えーとこれって、無職奨励本……? 帯には「若者男子を全面擁!!」とあるけど、これだけでは内容がよくわからない。そこでご本人に、お話を伺った。

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田中俊之氏

 本が企画されたのは2014年秋頃で、センセーショナルなタイトルは、担当編集者のアイデアによるもの。「仕事と自分の距離の取り方について、改めて考えてほしいという思いがテーマになっている」と、田中さんは説明する。

「世の男性ってほとんどの人が、学校を卒業したらとくに理由もなくすぐに就職しますよね。だから『どうして働くのだろう?』『なぜこんな研修をするのか。意味がわからない』と疑問を抱いたとしても、『男は働くのが当たり前だから』で片づけられてきました。しかし終身雇用制度が今後も維持される保証はありません。『ひとたび就職したら定年まで安泰』という時代も終わりました。なのに、いまだに『男は定年まで働き、家族を養うものだ』というイメージが残っている。そんな状況下では20代の男性が、いざ仕事を始めて『あれ? うまくいかない』と壁にぶつかるのはある意味当然だと思いますが、彼らの多くが現実よりもイメージを優先させてしまうから、『なぜ自分の人生は思い描いた通りにならないのか』と苦しみ、不安を募らせてしまう。それこそが男性の抱える『生きづらさ』なんです。ましてや現代は、将来の見通しが描きにくい時代ですよね。うまくいかないのはその人のせいだけではなく、社会の責任も大きい。だから『1人で苦しまないで、辛い状況を社会のせいにしても良い。あなたの疑問は間違っていないのだから』ということを伝えたかったんです」

 21世紀も15年を過ぎた今は働き方も多様化しているので、確かに正社員の終身雇用にこだわる必要はないかもしれない。とはいえお金がなければ生活できないのも事実なので、「働かない、いいじゃないか!」とは、とても言い切れない気がするのだけど……?

「誤解されやすいタイトルですが、決してだらしない男性や、無職を奨励しているわけではありません。僕自身は20代の頃、契約社員として携帯電話のバグをチェックする仕事をしていました。自分にとってはやりがいのない仕事をひたすらこなしていくうちに、とても従順な『いいなり人間』になっていることに愕然としたんです。この仕事を20年間続けても、何のスキルも積みあがらないし自分から発信することもできない。ただ言われたことをこなすだけの日々を送っていると、逆転のチャンスがなくなってしまう。そう気づいたので、お金のためだけの労働は辞めました。
 おとなしくただ仕事をこなしていれば、確かにひどい目に遭わされることはないかもしれません。でもそれでは従順で安価な労働者を求めている人たちの思うツボです。だからたとえ苦しかったとしても、若いうちに自分がやっていることの意味や価値と向き合ったほうが、その後の人生はより深いものになる。『今日食べていくだけで精いっぱい』な人がいることはわかりますが、それでも自分の生き方を模索し、この社会をどう暮らしやすくするかを考えなくなったら、格差はますます開いてしまう。今言っていることが理想論に聞こえてしまうなら、それはとても怖いことだと僕は思います」

 現在は男性以上に、女性の雇用状況は悪い。総務省の労働力調査によると、2015年の男性の非正規雇用者は634万人に対して、女性は1345万人と2倍以上になっている。しかもひとたび女性が声をあげれば男性から「イスラム国に行け」だの「女は進学してもキャバクラに行く」だのと言われてしまう。これでは男性がいざ「生きづらさ」を訴えても、女性からは「何言うとるんじゃ! さんざん抑圧しておいて!」と反発されるだけではないだろうか?

「大学生と接していても感じるのですが、多くの男性が女性を格下に見ています。彼らは女性の上司がいると『彼女、無理しているよね』とか平気で言いがちですが、それこそ女性だろうが外国人だろうがハンディキャップを持っていようが、全体を見渡せる人がトップにいたほうが組織は円滑に動くことに気づいていません。僕は妻が出産した時、2か月間は休みでしたので、食事の支度や子供のお風呂など家事・育児を主体的にやりましたが、とても大変でした。子育てって本当にしんどいのに、世の男性はほとんど育休を取りませんよね? ということは夫が仕事をしている間、妻は出産後の気力も体力も戻らない体で育児をして食事を作って掃除をして、家で夫を待っている。とても大変なことなのにあまり顧みられていないのは、『女性は耐えて尽くして当然』という考えが根深いからではないでしょうか。男女は対等だということが、理解できていない男性が圧倒的に多いんです。
 もちろんすべての男性が女性を格下扱いしているわけではないと思うし、女性側もただ『男が悪い!』と断罪するだけでは、その時はすっきりしてもそこで終わってしまいます。社会運動のゴールは『社会を実質的に誰にとっても暮らしやすい方向に変えていくこと』だと思うので、まずは男性自身が『なぜ生きづらいのか』を考え、働く意味を見つめなおすこと。そうすれば女性との関り方も変わり、結果的にお互いの意識も変わるはず。そうしていくうちに社会のあり方も変わっていくと思うので、僕はあくまでその第一歩として男性学を提唱しているのです」

 田中さんはこの本を、20代前半からアラサーにさしかかった男性にぜひ手に取ってほしいと語る。組織のルールが身についておらず、仕事に疑問を持っている彼らに「その疑問は間違っていないかも」ということを届けたいからだ。

「20年も同じ場所で働いていると会社の常識が自分の常識になって、会社が変なことを要求しても、疑問を持てなくなっていると思うんです。そういう中年男性には前著の、『〈40男〉はなぜ嫌われるか』(イースト新書)をぜひオススメします(笑)。 仕事って人生の一部なのに、それがすべてのように勘違いされています。でも、誰にでも仕事以外の世界は存在しているはずなので、そこに注目して視野を広げてほしい。そして男性は正社員で就職して、競争に勝って定年を迎えるのが正しい生き方というイメージがありますが、そこからこぼれても人生は終わりではないし、負けでもない。それにそもそも、競争すると能力が高まるということもないと思うんです。先日、清原和博さんが覚せい剤所持の疑いで逮捕されましたが、彼は名声もお金もある日本一のスポーツ選手だったのに、それでも犯罪に手を染めてしまった。彼からもわかるように勝負なんて無意味だし、一生勝ち続けることは不可能です。これからの男性にとって必要なのは競争しないことと、人と比べないで自分の大事なものを見つけることだと思います。男性にだっていろんな人がいていろんな人生があるのだから、好きなように生きていい。そんな思いを伝えたくて、この本を書きました」

 確かに男女に限らず自分の生き方に誇りを持っていれば、やみくもに他者を攻撃することもなくなるし、他人を思いやる余裕も出てくるはず。身近な男性のイライラに悩まされている女性は、思いきって「働かなくてもいいじゃない?」と言ってみると、案外解決する……かも?(保証はしません)

取材・文=朴 順梨