道徳ってなんだろう? イタリア人日本文化史研究家とともに迫る

社会

2017/3/28

『みんなの道徳解体新書』(パオロ・マッツァリーノ/筑摩書房)

 学習指導要領一部改訂に伴い義務教育課程においての教科とされることが決定した「道徳」が、来年度から順次「特別の教科 道徳」に格上げされることになりました。

 道徳の授業は他の授業とはちょっと違う存在です。他の教科とは異なり、担任である、先生であるというだけで生徒に教えています。他の教科には正解があるのに道徳にはありません。といいながら、こう答えてほしいという想いがあったりもします。

 そんな不思議な教科「道徳」についてのさまざまな「なぜ?」を明快に解明してくれる本があります。イタリア生まれの日本文化史研究家による『みんなの道徳解体新書』(パオロ・マッツァリーノ/筑摩書房)です。イタリア人らしいユーモアのある文章とともに語られているため、途中でふと「これって真面目な本だったっけ?」と疑問に思う瞬間も出てくるのですが、読み進める中ですべてが納得の結果へと繋がることに気づかされる不思議な1冊となっています。

 道徳の教科書。皆さんはどんなお話を学びましたか。教科書は国の指針に沿ったものでなければいけないことから似た物語が選ばれがちです。それでも大人目線で見ると名作あり、ツッコミどころ満載の作品ありと興味深い内容だと著者はいいます。

 たとえば「なまはげ」という話です。実際に生徒となって考えてみてください。

「なまはげは家をまわって、いけないことをした子を探します。
うそをついた子はいねがー
人の物をとった子はいねがー
いじわるをした子はいねがー

みなさんも「なまはげ」になって、してはいけないことを探してみましょう。」

 著者の答えはこうです。

「勝手に人の家に上がり込んで大声で脅す行為が、なによりいけないことだと思います」。

 文部科学省によると道徳は社会の変化に対応して生きる人間を育成する役割を持っています。

 次は小学校一年生用の教科書に掲載された物語です。

 女の子がお母さんと弟との買い物の帰りに道端にいるワニの尻尾を踏んでしまいました。尻尾を踏まれたワニが驚いて口を大きく開く中、女の子はワニに頭を下げて言葉をかけます。驚いていたお母さんですが女の子が頭を下げる様子を見て笑顔を取り戻しました。

 著者は指摘します。素直に謝ることの大切さを教えることが狙いかもしれないが、ここで生きるために教えるべきことは道端で野生の爬虫類に遭遇したら全力で逃げること。必要なのは道徳ではなくサバイバルであると。

 著者が注目する作品は他にもあります。村人と仲良くなりたい赤鬼と、赤鬼のために悪者役を引き受けて村から立ち去ることになった青鬼を描いた「泣いた赤鬼」や、川に落ちた友人を助けたことで自分がおぼれ死んでしまった少女を描いた「ひさの星」です。この2作品は美しい友情物語ではなく自己犠牲を称賛する物語であると語る著者は、他人を幸せにする代わりに自己犠牲をすすめることを不道徳であると指摘します。

 モラルがなくなったと叫ばれる日本ですがテレビからは差別用語を使用するドラマや暴力めいたバラエティー番組は消え、街の道路は昭和初期に比べてとてもきれいになったといいます。

 昔の人は寛容だったのではなく、人を傷つけることにも人に傷つけられることにも鈍感だっただけだと著者は指摘します。ありあまるほどの道徳心を持つようになり過敏になったからこそモラル違反に敏感に反応して過剰に攻撃してしまうのではというのです。それゆえになぜ今、道徳を強化するのか著者は疑問を抱いています。

 休日にボランティア活動をしていたり、いじめ解決のエキスパートだったり、スマートに席を譲れる術を持っていたり、そういう人でもない人が平然と先生をしている道徳。「〇〇はいけません」という理想は教えてくれるけれど、サッカーでボールの蹴り方を教えてくれるように、どうやったらそれができるのかという実践方法は教えてくれない道徳。そんな道徳の仕組みを不思議だと述べます。

 平成27年7月の文部科学省発表の「学習指導要領解説」によると今回の道徳教育改訂の議論の発端はいじめ問題の対応であるといいます。道徳が特別の教科となることでいじめ問題の改善に繋げようという考えのようです。

 本当に必要とされている教育とは何であるのか、子どもたちへの道徳教育の変わり目となる今。本書を読んで、あらためて日本の道徳教育について考えてみてはいかがでしょうか。

文=Chika Samon