本屋大賞受賞作『羊と鋼の森』は12年前に生まれていた!?【宮下奈都インタビュー前編】

文芸・カルチャー

2017/4/10


 2016年、第13回本屋大賞を受賞した『羊と鋼の森』(文藝春秋)の著者・宮下奈都。彼女の名は、それをきっかけに日本全国を駆け巡った。静謐で真っ直ぐさを感じさせる文章が、大勢の読者の心を掴んだのだ。昨年末にはその『羊と鋼の森』が実写映画化されることも発表され、ますます宮下への期待は高まっている。

 デビュー作には、作家のすべてが込められていると聞く。デビューを夢見て小説と向き合う彼らの熱量が、一つひとつの文章にこもっているのだ。しかし、宮下のデビュー作を確認することは長らく困難だった。なぜならば、12年前に文學界新人賞の佳作に入選した彼女の作品は、これまで書籍化されていなかったからだ。しかし、12年の時を経て、ついに幻のデビュー作が刊行、昨年12月12日に発売された『静かな雨』(文藝春秋)だ。そこにはどんな想いが込められているのだろうか?

デビュー作を振り返るのは「恥ずかしい」

 宮下がデビューのきっかけを掴んだのは、12年前。三人目の子どもを妊娠中に書き始めた小説『静かな雨』が、文學界新人賞の佳作に入選したことで、彼女の作家人生はスタートしたのだ。ところが、そのデビュー作が書籍化されるまでには12年の月日がかかった。その間、着実に作家としてのキャリアを築いてきた彼女の目に、デビュー作はあらためてどう映ったのだろうか。

「自分では客観的な評価ができなくて、とにかく恥ずかしいという気持ちだったんです。でも、当時の文學界新人賞で作品を読んでくれた編集長が、『これまでたくさん新人賞の作品を読んできたけれど、中でも〈静かな雨〉は印象に残っている。書籍化を勧めます』と背中を押してくれて。その言葉もあって、勇気を出して読み返してみたら、その後の作品に通ずるものがたくさん詰まっていたんです。〈秋の夜の匂い〉とか、『羊と鋼の森』にも登場する単語なんかも使われていて、私はデビュー作の時点ですでに『羊と鋼の森』を書いていたんだな、と感慨深い気持ちになりました」

 宮下のファンは非常に愛情深いことでも知られている。本屋大賞の授賞式には宮下を応援する書店員が駆けつけ、それを目にした宮下は壇上で感極まって涙をこぼした。宮下の作品には、それだけ応援したくなる魅力が詰まっている。それは『静かな雨』刊行を記念したサイン会でも感じられたという。

「サイン会を事前予約した方が、誰ひとり欠席することなく集まってくださったんです。若い方から年輩の方まで幅広い読者さんで、みなさんすごく素敵な方でした。『私、今日来て本当に良かったな』って思いながらサインしていたくらい(笑)。先日、大阪でサイン会を行った時は、大阪はもちろん、広島、岡山、愛知、静岡など県外からも書店員さんたちがわざわざ集まってくれて。素晴らしい読者の方に恵まれるって、本当に作家冥利に尽きますよね」

物語の着想は、これまでの人生のあちこちにあった

 そんなファンが待ち望んでいた『静かな雨』は、〈行助〉と〈こよみ〉の純愛物語だ。出会いは、こよみが売っていた〈たいやき〉を行助が購入したこと。そんな些細なきっかけから、二人は距離を縮めていく。しかし、物語が中盤に差し掛かる頃、ある事件に巻き込まれてしまったことを機に、こよみは「記憶を維持できなくなる障害」を負ってしまう――。物語の着想は、一体どこから得たのだろうか。

「何かを書きたいという想いはあったんですけど、物語の構想なんてものは本当になくて。いきなり書き出したらこういう作品になったので、それまでの人生であちこちから着想を得ていたとしか言いようがないかもしれないですね(笑)。そもそも小説なんて書いたことがなかったから正しい書き方も知らなくて、面白そうな場面が浮かんだらどんどんそれを書いていくというやり方だったんです。それで、後からいくつか書いた場面をつなぎ合わせていくという。だから、行助とこよみが一体どこへ向かうのかもわからなかったんですよ」

「本当に好き勝手に書いたんです」と笑う宮下。しかし、作品を読み解いてみると、『静かな雨』には『羊と鋼の森』への道筋が潜んでいたと言わざるをえない。宮下が人気作家になることは、デビュー時点で運命づけられていたのではないだろうか――。インタビュー後編では、デビュー作の執筆について、さらに『羊と鋼の森』にも通ずる、宮下が追い求めている〈あるテーマ〉について伺う。

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取材・文=五十嵐 大