朴槿恵前大統領と財閥系企業の関係は? 彼女が青瓦台ですごした4年間とは?『朴槿恵 心を操られた大統領』著者インタビュー【後編】

社会

公開日:2017/5/9

『朴槿恵 心を操られた大統領』(金香清/文藝春秋)

 およそ40年にわたり崔太敏・崔順実の親子に支配され、その結果罷免され検察に起訴された朴槿恵前大統領と、彼女が青瓦台で過ごした4年間とはなんだったのか。

納得づくだった、財閥系企業

 朴槿恵は現在、約56億円の収賄の罪に問われている。その金は崔順実がマネーロンダリングのために利用していたスポーツ財団などに流れていたが、なぜ世界企業を標榜するサムスングループのサムスン電子は、みすみす大金を渡していたのか。『朴槿恵 心を操られた大統領』(文藝春秋)著者の金香清さんに問うと、こんな答えが返ってきた。

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「事情を知らずに青瓦台(韓国政府)に付け込まれたのではなく、わかった上で渡していたと思います。サムスン電子の李健煕(イ・ゴンヒ)会長が2014年に心筋梗塞で倒れて以降、長男の李在鎔(イ・ジェヨン)副会長が実質グループのトップにいます。15年にサムスンはグループ会社の合併を行ったのですが、それはグループ内での李在鎔の支配力を強めるためだったとされています。その際、政権の力が必要だったわけですが、サムスンは崔順実に絡む事業に寄付をすることが、最も朴槿恵の気持ちを掴むのに早道だと判断したのかもしれません」

追及した人は、ことごとく不運に見舞われた

 まさに「損して得取る」ためだったと考えられるが、サムスングループは朴槿恵政権を調べあげ、誰にどう近づけばいいかを熟知していたとの噂もあるそうだ。崔親子は長らく朴槿恵に寄生していたのに、なぜ2016年秋まで問題にならなかったのだろうか?

「2016年7月にケーブルテレビチャンネルのTV朝鮮が、崔順実が深く関わるスポーツ文化財団のミル財団に、わずか2か月で50億円近い寄付が集まったことを報道しました。TV朝鮮は報道する1年以上前から、朴槿恵と崔順実の関係と不正の証拠を掴んでいました。2016年7月に崔順実に直撃インタビューもしていますが、これが放送されたのは3か月後の10月に入ってから。その理由は『何が問題なのか』と尻すぼみにならないように時期を待っていたことと、報道が潰されないように慎重に取材を重ねていたからです。

 というのもこれまでの間、朴槿恵と崔順実の関係に触れた人は、ことごとく不運な目に遭っています。なかには海外に逃亡したり、自殺したりした人もいます。2016年9月に全国紙のハンギョレも記事にしたことで国民の間で話題になりましたが、当初、地上波などは、やはり政権の顔色をうかがったのか取り上げませんでした。しかし10月にはケーブルテレビ局のJTBCが崔順実の使っていたタブレットを入手し、そこにメガトン級の証拠がいくつも残っていたことで、もはや隠しようがなくなったのです」

政治ではなく、母親の影を追うのが仕事?

 同書には朴槿恵政権下の韓国社会で、誰がどう「甘い汁」を吸い続けてきたかや、日本でも話題になった崔順実の娘チョン・ユラの人となりについても詳しく記されている。では朴槿恵とはどんな人物だったか。そう問うと「とくに強い政治思想や目標があったとは思えない人物」と、金さんは語った。

「朴槿恵は日頃、人とほとんど会わず公邸にこもりきりで、食事も1人でしていました。きょうだいとも疎遠でしたが、韓国の歴代大統領は親族絡みの不正事件を起こしてきたので、『クリーンな大統領』のイメージを持たれていました。なのにふたを開けてみたら、歴代政権の中でも罪の重さはケタ違いで。韓国内では『血より濃い水があった』と言われていましたね(苦笑)」

 さらに金さんによると、朴槿恵の髪型は「フカシモリ」とも呼ばれるもので、語源は日本語の「ふかす」からきているそうだ。ピンで固定してモリモリ盛り上げたその髪型は、亡くなった母親の陸英修と同じだ。彼女の服がいつもどこかクラシックな印象だったのも、「母親が生きていた時代を思い起こさせるためだったのでは」という意見もある。

“悲劇に巻き込まれた国母”の娘がしてきたことは政治ではなく、母親の影をなぞるだけだったのかもしれない。最も向いていない人間に国を任せたことは、悲劇としか言いようがない気がする。

「あとがきに『名前だけは有名な、しかし実態を誰も知らない人物に大きな幻想を抱いたのだ』と書きましたが、韓国が文民政権になったのは1993年と歴史が浅いし、今でも北朝鮮と休戦中なので、安定とは言い難い状態です。だから韓国の人たちが朴正煕のような強いリーダーに憧れたり、理屈に裏打ちされない保守的な思想が暴走したりすることは珍しくありません。それにそもそもなぜ朝鮮半島は分断されてしまったのか。歴史の背景を見ずにただ『国民が幼稚だから朴槿恵に騙された』と批判するのは、驕った考えだと思います。朴槿恵政権は第二次大戦後の、世界の冷戦の歴史と切り離せない存在です。ぜひそこを意識した上で、読んでいただければ嬉しいですね」

取材・文=碓氷 連太郎

著者の金香清(キム・ヒャンチョン)さん