ネットニュースは崩壊か進化か!? 元ヤフトピ責任者が語る、ネットニュースのこれまでと現在地とは?

社会

2017/6/6

『ネコがメディアを支配する ネットニュースに未来はあるのか(中公新書ラクレ)』(奥村倫弘/中央公論新社)

 スマホ&アプリ時代に入りネットニュースは、新旧さまざまなサイトが群雄割拠する戦国時代を迎えた。マスコミ各社と提携し、集積・選別したニュースを配信するキュレーションサイトでは、PC時代の絶対王者Yahoo!ニュース、圏外でも読めるSmart News、エンタメに強いグノシー、SNS連動のLINEニュースほか、各社が個性を打ち出しアプリのダウンロード数を競う。加えてネット専業の新興ニュースコンテンツ・プロバイダーは、企業から個人までが手掛け、多様化しつつも情報の質はまさに玉石混淆の時代だ。

 それでも、いろんなニュースが無料で手に入るし「ネットメディアは百花繚乱」と、喜んでいいのか? 知るべきニュース、確かなニュースをちゃんと受け取れているのか? そんな一抹の不安を感じたなら、ぜひ、ご一読いただきたいのが『ネコがメディアを支配する ネットニュースに未来はあるのか(中公新書ラクレ)』(奥村倫弘/中央公論新社)である。

 著者の奥村倫弘氏は、読売新聞の記者、ヤフー・トピックスの編集責任者を経て、現在はTHE PAGEというニュース解説サイトの運営、制作を担う人物だ。本書は「伝統メディア」と「新興メディア」の両方を知る著者が語る、ネットニュースのこれまでと現在地。そこにある光と影、そして未来を語るネットメディア論である。

 タイトルからもイメージできるように、著者の憂慮はまず、多くのキュレーションサイトで目にする、「ニュース」と「純粋なコミュニケーション」の混在だ。例えばそのトップページにおいて、政治ニュースのすぐ後に、芸能人ゴシップ、癒し系のネコ動画が続くといった光景は珍しくない。たしかにゴシップやネコはアクセスが稼げる世界のキラーコンテンツだが、著者はこうした「知識を必要とせず、感情に訴えかけるだけの情報」は、「純粋なコミュニケーション」と位置づけ、本来の「ニュース」との差別化を図るべきだと主張する。

 その理由のひとつがアクセス至上主義への警鐘だ。キュレーションサイトが、アクセスさえ増えたらそれでいいという方針なら、ニュースを制作する現場も、ニュースが売れればそれでいい、となる。すると本来のジャーナリズム精神からはかけ離れた、パクリやねつ造も辞さない、お手軽な記事の制作・提供が横行する。一方、新聞などの伝統的メディアからは「キュレーションサイトには、なんてことない記事だけ提供すればいい」と、あしらわれてしまうのだ。

 著者は、薬機法を無視したいいかげんな記事制作が明るみに出た「WELQ」(DeNA)問題などにも触れながら、ネットニュースの質の低下を危惧すると同時に、ニュースはどのように作られるべきかを、自身の新聞社や現在の取材型サイトでの経験なども併せて、本書で公開している。また本書は、1995年にウィンドウズ95が発売されてネット時代を迎えて以降、ネットメディアで多種多様に起こった地殻変動の歴史も概観する。

 では、ネットメディアが迎えるべき未来とは? もちろん著者なりの見解が示されてはいるものの、大切なことはより活発な議論の場が設けられ、多くの人が問題意識と意見を共有しつつ、新たなネットメディアの道を模索することである。

 特にデジタルネイティブ世代の中には、もはや新聞を読んだことがない人たちもいるだろう。キュレーションサイトにさえアクセスすれば、ニュースが入手できた気になるものだ。しかしその多くの情報から、社会性・公共性・国際性が欠落し、アクセスを稼ぐためだけの記事や知識不要のお手軽記事ばかりが並んだとしたら、日本の未来に「なんかちょっと嫌な予感」が漂いはしないだろうか?

文=町田光