あなたはそれでも、数字を頼りにマーケティングを続けますか? 「破壊的イノベーション」提唱者が解き明かす、人がモノを買う行為のメカニズム

ビジネス

2017/8/17

『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(クレイトン・M・クリステンセン:著、依田光江:訳/ハーパーコリンズ・ジャパン)

 買い物をするとき、気分を変えたいとき、休暇の予定を決めるとき、いつでも私たちが何かを選ぶときには「理由」がある。条件や機能で単純に決めたように見えることでも、実はそうした条件や機能の基準にだって根拠になる理由がある。それらは数値化できるようなはっきりしたものもあれば、かなり私的なモヤモヤ(野菜を毎日食べたいけどめんどくさい、いますぐ部屋を模様替えしたい、近場でリラックスできる非日常を体験したい…)も多いものだ。

 「破壊的イノベーション」で一躍世界的に権威のある経営思想家となったハーバード・ビジネス・スクールのクリステンセン教授が次に目をつけたのは、ズバリそんな人々のモヤモヤした消費の理由(=ストーリー)。顧客データや市場分析などの数字は顧客が「誰か」を教えてくれても、「なぜ」買うのかは教えてくれない。「アイスクリームの売上高と森林火災はどちらも夏に増えるので相関関係があるが、ハーゲンダッツを買ったからといって誰も森に火をつけたりはしないのである」と著者。ちょっと極端な例ではあるが、データばかりを解析しても本当のところはわからないのだ。

 売れる商品・サービスを作るために大事なのは、顧客の置かれた状況から商品購入までのストーリーを探り戦略に反映すること。そうした新しいマーケティングの手法を教授は「ジョブ理論」と呼び、最新のビジネス書『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(クレイトン・M・クリステンセン:著、依田光江:訳/ハーパーコリンズ・ジャパン)にまとめた。従来のデータ偏重マーケティングでは成長に限界があることを明らかにした、画期的で意欲的な一冊だ。

 ジョブ理論では「人は自分自身が抱えている問題(=ジョブ)を解決するために商品を購入する」と考える。たとえば「野菜ジュースのマーケティング」を例にジョブ理論を考えてみよう。データ上は野菜ジュース購入者が<20代、1人暮らし、会社勤めの女性>と出たとしても、注目すべきはそこではない。ジョブ理論で注目するのは、「コーラでもカフェオレでもなく<なぜ>野菜ジュースが買ったのか」なのだ。

 おそらく野菜ジュース購入者が抱える問題の1つは 「健康になりたい。それも手軽な方法で」だろう。この「手軽に健康になりたい」というジョブを上手く見つけることができれば、おのずとマーケティングの方向性は決まってくる。野菜ジュースが闘うべき本当の相手は、同じ飲料であるコーラでもカフェオレでもなく、野菜やサプリメントになるーー以上は、実際に本に紹介されている事例だ。このジョブ理論で着眼点を変更した企業は、競争の激しい清涼飲料業界で1年もしない内に売上を4倍まで伸ばしたという。

 その他にも、Amazon、IKEA、Uber(ウーバー:アプリを利用した配車サービス)、Airbnb(エアビーアンドビー:世界中の民泊などを提供) など成長著しい企業を例に、その秘密を「ジョブ理論」で解析しているのも興味深い。

 こうしたジョブ理論には、ある意味「個への視点を大事にする」という商売の原点に戻るような感覚があるのかもしれない。ビッグデータの活用や、より解析を得意とするAIの進出などデータ偏重が進む社会においては、むしろ思い切った「発想の転換」とも言えるだろう。ビジネスシーンで大きなヒントになるのはもちろんだが、実はビジネスだけでなくさまざまなことに応用可能な「思考法」でもある。社会の新たな読み解き方として押さえておくのもオススメだ。

文=荒井理恵