アイドルのイメージを打破した昭和最後の歌姫。中森明菜の逸話を関係者が語る!

文芸・カルチャー

更新日:2022/12/7

中森明菜の真実
中森明菜の真実』(渡邉裕二/エムディエヌコーポレーション)

 あらゆる面でアイドルの既成概念を打破した歌姫——。渡邉裕二氏の『中森明菜の真実』(エムディエヌコーポレーション)を読み終えて、改めて中森明菜氏にそんなイメージを強くした。本書は、ディレクター、プロモーター、作曲家、音楽評論家など、彼女に近い立場で仕事をしてきた人々の、膨大な証言によって構成されている。仮名で取材に応じているケースもあるせいか、当時は表に出てこなかった秘話や逸話が満載だ。

 筆者は彼女の音楽活動をリアルタイムで見ていたが、「少女A」「1/2の神話」「禁区」という、いわゆる“ツッパリ三部作”には衝撃を受けた。テレビの歌番組などでは、時に不機嫌そうな顔を見せる明菜氏が、いったん歌い出すと、情感豊かな歌唱と妖艶な仕草で皆を魅了する。その圧倒的なパフォーマンスは、アイドルの領域を完全に超えていた。

 明菜氏は82年のデビュー当時から、松田聖子氏と比較されがちだった。だが、聖子氏がアイドルを演じることのできるスターだとしたら、明菜氏はアイドル像から抜け出そうとする存在だった。本書ではそう表現されている。更には、聖子氏の曲がメジャー調、つまり長調で始まるのに対して、明菜氏はマイナー調、つまり短調で始まることにも、さりげなく言及している。

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 そんな風に、憂いや翳りを帯びた彼女の楽曲は、どう受け入れられたのか。本書によれば、明菜氏の楽曲は、テレビドラマの主題歌やCMソングなど、タイアップの案件とは無縁だったという。明菜氏はあくまでも明確なコンセプトありきの楽曲を好んだが、それらは商品のCMには使いづらい。それだけメジャー・フィールドで剣呑な表現を志向していた、ということだろう。

 感情を表に出すタイプだったがゆえ、精神状態によってヴォーカルが不安定になることもあったという。レコーディング時の逸話が印象的だ。歌入れでディレクターが「聴いていて何も面白くない」と意図的にけしかけたところ、明菜氏の怒りのエネルギーが爆発。それが次のテイクに反映され、これがいいと皆が納得したそうだ。

 ストイックな完璧主義者——。関係者の多くが明菜氏についてそう語る。曲を歌う上で、明菜氏は自分の主張や意見を明確に持っており、思い通りに歌えないと気が済まなかったという。レコーディングでは企画から選曲まで立ち合い、曲が決まった段階で、どの衣装がいいかをイメージ。振り付けも自分で考えたそうだ。

 セルフ・プロデュース能力に長けていた、と著者も指摘しているが、冷静に周りを見て、常に自分を客観視できる人なのだと思う。まるで俳優のように、「中森明菜」という役づくりをし、テレビやコンサートでは歌手・中森明菜を演じた。そんな指摘も本書にはある。

 しかしながら、明菜氏はレコード会社の移籍や事務所の設立などの過程で、次々にトラブルに見舞われる。そして、そうした混乱に乗じて、生意気、わがまま、自分勝手など、明菜氏の態度へのバッシング記事が週刊誌に掲載されるように。彼女は精神的に疲弊して、人間不信に陥っていたという。以降、芸能界での存在感も次第に薄れていった。

 だが、2022年8月30日、突如、Twitterアカウントを開設した明菜氏は、「デビュー40周年として、何らかの活動をと日々体調と向き合ってきておりましたが、まだ万全な体調とは言えません」とツイート。

 かつて表舞台への復帰の場として選んだ『紅白歌合戦』への出演か!? とファンはざわついたが、今これを書いている瞬間、新設事務所から「中森明菜本人の体調回復を優先させていただいており、活動予定は今のところございません」と発表が。ありきたりな言い方だが、今は体調の回復を祈り、類稀なる歌姫の完全復帰を待とうではないか。

文=土佐有明

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