年の差20歳バディ・菅原道真&在原業平が妖に挑む平安サスペンスマンガ『応天の門』

マンガ

公開日:2023/6/18

応天の門
応天の門』(灰原薬/新潮社)

 二人の男がタッグを組み、様々なトラブルや事件を解決する中で絆を深めていく──いわゆる“バディもの”と呼ばれるジャンルは、いつの時代も一定層のファンから熱烈な支持を受けるカテゴリーのひとつだ。

 日本、それも平安時代を舞台としたバディ作品といえば、おそらく多くの人が想起するのはやはり“陰陽師”の存在だろう。あまりにも著名な夢枕獏氏による小説シリーズをはじめ、マンガやアニメ、ドラマに映画。妖という得体のしれない存在への浪漫が詰まった男たちの物語は、今もなお様々な創作のモチーフとされているのは大勢の知るところでもある。

 しかし同じく平安時代を舞台とした本作『応天の門』(灰原薬/新潮社)で織りなされるのは、彼ら陰陽師による物語ではない。主人公はこの時代、まだ文章生=学生の身であった菅原道真。後に学問の神として崇め奉られるほどの人物となった彼の成長譚が、この物語の大きな本筋となる。

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 ただ、一口に簡素なラベルを貼れるほど彼の青年期は爽やかでも、明るいものでもない。天皇の傍に仕える侍読の父を持ち、生まれながらにしてある程度の地位と権力を持つ家柄の跡取り息子。時代の覇者である藤原家を中心とした政治の権謀術数の渦中にいる大人たちが、早熟ながらも学に秀でた彼の存在を捨て置くはずはない。そうして自らの意志とは関係なく、彼もまた混沌渦巻く宮中の政へと、徐々に足を踏み入れることになるのである。

 同世代の学生に比べ頭一つ抜きんでた才を持つが故に、どこか他人を見下し「人とくだらない話をするより引きこもって本を読んでいた方がまだまし」と口にして憚らない、独善的で不遜な価値観を持っていた道真。そんな彼が変化するきっかけのひとつとなるのが、本作で道真のバディ的ポジションとなる在原業平の存在だ。

 共通の知人・紀長谷雄にかけられたあらぬ疑いを晴らす中で顔見知りとなった二人。しかしそこで道真の優れた洞察力を目の当たりにした業平は、その後も身の回りで起きた不可解な出来事や事件の解決相談と称し頻繁に彼のもとを訪れるようになる。一方的に道真を頼る存在かと思いきや、元々女性をはじめ他者の心の機微に聡く、人と人との関係性を取り持つことに長けた人物である業平。そんな彼の立ち居振る舞いや宮中での様々な人との関わりを知る中で、少しずつ道真は“自分の真の役割”を考えるようになっていく。

 人ならざるものや妖の類の存在がまだ根強く信じられていた平安の時代。架空の存在であるそれらに対し、本作では道真が持ち前の知識と洞察力で、すべての不可解な事件・出来事を“人の所業”として解決していく。それと同時に主人公・道真の青年期特有の“人としての成長”をも描いていく点が、本作がこれまでの王道たる平安時代バディコンテンツとは一線を隠すポイントだ。

 到底人の所業とは思えぬ、人知を超えた不可思議で妖しい出来事。けれどそれがすべて人の手によるものであるならば、そこには必ず“妖の仕業に仕立て上げたい”人間の意図や目論みが絡んでくる。当然それらを暴く以上、道真もまたそんな人々の事情や策略に無関係ではいられない。目の前にある事象の解決は、すべてがその事象を引き起こした根本の問題解決に至るわけではなく、未だ学生の身である道真には当然手に負えないことだってある。

 書を読み学を身につけるだけでは気づけない、己のふがいなさや無力さ。多くの人々と関わり始めた道真がそれらに対峙した時、人生の先達として彼を導くのが20歳年上である業平だ。

 生まれ持った地位と家柄、そして人より優れた才。それらを持つこと自体が本質ではなく、それをいかにして活かすべきか。権少将という地位を持つ男との対話や関わりの中で、俗に言う“頭でっかち”だった青年は、少しずつ自らの才を“正しく使う”ことの大事さを知っていくのである。

 位高ければ徳高きを要す。日本語ではあまり馴染みのない人も多いかもしれないが、フランス語における“ノブレス・オブリージュ”の精神と言えば、おそらくピンとくる人も多いだろう。

 もちろんこれは一朝一夕で簡単に身につくものではないし、重ねていえばそれを身につけられる真の意味での聡明さを持つ人間の稀少さは言わずもがな。単純に豊富な知識を持つのみならず、それを正しく使う賢明さを兼ね備える。それこそが後に学問の神様とも呼ばれる菅原道真の真価であり、迷い悩みながらも成長していくそんな彼の姿こそが、本作の醍醐味でもあるのだろう。

 物語が進むにつれ着実に宮中の主要人物の間にその名を広め、少しずつ陰謀渦巻く政治の世界へ携わっていく道真。まだまだ道半ばの彼の懊悩も、混沌とし始めた宮中の情勢も、作品の力強い構成要素のひとつでもあるのかもしれない。

執筆:ネゴト / 曽我美なつめ

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