「デート代多めに払わせといて抱けると思うな」東京のこじらせ男女が織りなすオムニバスコメディ

マンガ

公開日:2023/6/26

ニュートーキョーカモフラージュアワー
ニュートーキョーカモフラージュアワー』(松本千秋/少年画報社)

 同窓会の帰り道、既婚者の旧友に夜のお誘いをされてげんなりする。好きな人と食い違った映画の感想を、素直に言えずにヘラヘラ笑う。同僚の友人の「まじめでイイやつ」を紹介されて、その退屈さに呆然とする。おいおいどんな私だよ、と“あるあるネタ”に笑いつつ、「なんだ、みんなこんなもんか」と、心のどこかでほっとする──『ニュートーキョーカモフラージュアワー』(松本千秋/少年画報社)を読んだ人はみな、共通する読後感を持つのではないか。

 タイトルのとおり東京を舞台とした本作は、男女の本音と建前をリアルに描いたショートオムニバスだ。

 たとえば、マッチングアプリかなにかで知り合ったのか、初デート中の男女の会話を描いた一本。ワイングラスも空になり、さてそろそろ会計を……という段で、男性が「大丈夫だよ」と奢ろうとする。女性のほうも、定型句として「わるいです」と口にする。と、男性はお会計の半分より少なめの額を提案するのだが、帰り道、女性は楽しげに話をしつつも、あることが気になって仕方がない。さっきの店、奢ってくれるなら悪いと思ってお酒の追加をしないでいたのに、彼は好きなだけ飲んでいた。つまり実質、自分のほうが多く飲食代を負担したのだ。それなのに、どうして私、「ご馳走さま」なんて言ったんだろう……。ところがこの男性、追い打ちをかけるように、「僕んちでサクッと飲み直します?」などと言うではないか。デート代多めに払わせといて、抱けると思ってんじゃねえぞコノヤロウ。しらけた気持ちで帰宅を告げると彼は言う、「今度は土日使って一日出かけません?」。それを聞いた女性は、ちょっとだけときめいてしまう。明るいうちから会おうとするって、完全にヤリモクってわけじゃないのかも? 機嫌を直して女性が行き先の話をする裏で、男性はひそかに考えている。さすがに今日は無謀だったか、でも昼間から距離を詰めておけば、夜にはきっとイケるはず。ラブホのある街ってどこだ……?

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ニュートーキョーカモフラージュアワー

ニュートーキョーカモフラージュアワー

ニュートーキョーカモフラージュアワー

 本作に登場する人物に、ヒーローやヒロインはいない。起こっている出来事も、身の回りで聞いたような話ばかりだ。妻子持ちの男に恋をしたり、好きだと言えなかった幼馴染が結婚するのを見送ったり、コロナ禍でひとりぼっちを味わったり、彼女ができたら人生なんとなくやる気になったり……。どこかで見たようなキャラクター、取り立てて騒ぐほどでもないありふれた出来事、だからこそ、本作に登場する人物たちは愛おしい。悲しみや腹立ちを乗り越えて、小さな幸せを手に入れてほしいと思う──なにも持たず、なにも起こらない日々を送る、自分のように。

『38歳バツイチ独身女がマッチングアプリをやってみた結果日記』(幻冬舎)の著者が切り取る、東京という日本の一都市の、何者でもない人たちの物語。ページをめくれば、あなたによく似た人の物語が、あなたを癒してくれるだろう。

文=三田ゆき

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