『SLAM DUNK』に影響を与えた沖縄バスケ界の名将。井上雄彦も直接訪ねた“反骨心の男”を辿るノンフィクション『日本バスケの革命と言われた男』

スポーツ・科学

PR公開日:2023/12/23

日本バスケの革命と言われた男
日本バスケの革命と言われた男』(安里幸男/双葉社)

 2023年を振り返った時、大きな注目を集めたコンテンツのひとつに、間違いなくバスケットボールがある。

 前年公開からロングヒットを記録した映画『THE FIRST SLAM DUNK』。17年ぶりの国内開催かつ、激戦の末悲願のパリ五輪出場権を獲得した「FIBAバスケットボールワールドカップ2023」。そんな“バスケ旋風”の中心地となったのは、日本最南端の街・沖縄だ。

『THE FIRST SLAM DUNK』の中心人物・宮城リョータの出身地であり、今回のFIBA開催地。さらにはW杯直前、国内プロバスケットのBリーグの2022-23シーズンでは琉球ゴールデンキングスが優勝を飾るなど、此度のバスケトピックを語る上では何かと縁の深い場所になっている。

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 そんな話題の中で度々関心が集まっていたのは、沖縄独特のバスケ文化についてだ。

 うちなんちゅ(沖縄の人)にとって、バスケは幼い頃から非常に身近なスポーツのひとつ。その環境下に育った選手は特にスタミナとスピード、そして攻撃性に特化した者が多く、通常の選手とはやや異なる動きで相手を翻弄する──。だがそんな特異性の高いバスケ文化も、当然初めから沖縄という地に醸成されていたわけではない。

 元々のアメリカナイズされた風土文化に加え、様々な人々の血の滲むような競技への愛と情熱、そして執念によって今日の沖縄のバスケ文化は成り立つ。そんな沖縄バスケに大きな影響を及ぼした人物の1人が、安里幸男氏。名指導者として長年高校バスケを中心に様々なチームを牽引した、『日本バスケの革命と言われた男』である。

 高さが絶対的に有利な条件であるバスケにおいて、ディスアドバンテージを背負ってなお全国の強豪と互角に渡り合う。“沖縄に安里あり”とその名を全国へ轟かせた彼は、自身のバスケ人生をどのように歩み、独自の戦法・戦術をどう確立していったのか。

 本著では主に、当時未だアメリカの統治下にあった沖縄で生まれた彼が、バスケ指導者を志した原点。そして高校バスケ界に旋風を巻き起こした辺土名高校時代、絶対王者・能代工業高校から悲願の勝利を掴み取った北谷高校時代の指導エピソードがノンフィクションで綴られる。

 彼の功績のひとつに挙げられるのが、平均身長165センチのチームをインターハイ3位に押し上げた“辺土名旋風”だ。今回のW杯の歴史的勝利にも繋がった、体格差の大きな相手と互角以上に戦う為の戦略。その原点は、安里が高校バスケ界で成し遂げた下剋上にあるとも言われている。

『SLAM DUNK』原作者の井上雄彦が直接彼の元を訪れ、取材で得た知見がその後の創作活動に影響を与えた逸話からも、その事の大きさを強く実感できるだろう。

 数々の功績を為した彼が当時何を考え、どんな価値観を持って日々選手たちと向き合ったのか。本作では安里自身の言葉でバスケ界の革命となった功績を紐解くだけでなく、さらに作中では彼の教え子たちが語る指導者・安里とのエピソードも収録される。非常にストイックで厳格、時には今の時代背景にはそぐわない余話も散見されるが、それでも様々な角度から見た彼が、何を以て名将たる存在なのか。その要となる内容が、当事者ならではのリアリティある言葉で綴られる点も読み応えがあるだろう。

 強いチームを目の当たりにした時、“その一員になりたい”ではなく“こいつらを倒したい”と思う。そんなマインドを今後のバスケ界に期待したい、と安里は本著で語る。強者がマンネリ化した状況を一変させる下剋上を心から楽しみ、打ち立てた高い目標へ果敢に挑戦するタフな精神。その“反骨心”が、革命の男と呼ばれるに相応しい彼の最たる一面なのかもしれない。

 元々スポーツが好きな人のみならず、映画『THE FIRST SLAM DUNK』やW杯アカツキジャパンの活躍から、バスケに興味関心を持った人にも、競技が積み重ねてきた歴史の一端とその奥深さがより伝わる、そんな著書でもあるはずだ。

 国際大会で厳しい成績が続いていた当時、安里は身長の低い沖縄勢が日本本土勢に勝つための戦略を、選手たちにこう告げた。「日本のバスケットボールの方向性を示すようなゲームを必ずやろう」。

 “打倒・最強山王”という兄の遺志を継いだ宮城リョータは、40分の試合を駆け抜け下剋上を成し遂げた。2024年夏、パリ。汗と涙の先に掴み取った切符で、代表選手たちは28m×15mの狭いコートで世界の高い壁と戦う。沖縄、そして日本のバスケットリーグの原動力たりうる“反骨心”が世界を変える。そんな日は、きっともうすぐそこまで迫っている。

文=曽我美なつめ

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