「前橋スナック銃乱射事件」の実行犯が全貌を語る――。死刑囚となった彼は何を思い犯行に及んだのか?

社会

PR更新日:2024/1/26

死刑囚になったヒットマン
死刑囚になったヒットマン 「前橋スナック銃乱射事件」実行犯・獄中手記』(小日向将人、山本浩輔/文藝春秋)

 2003年1月25日、群馬県前橋市のスナックで2人組の暴力団員が銃を乱射する「前橋スナック銃乱射事件」が起きた。敵対する暴力団員を狙った犯行だったが、店へ客として来ていた一般人3名を含む4名が死亡、ターゲットとなった暴力団員と一般人各1名が負傷するという、暴力団抗争に巻き込まれ複数の一般人が死亡する初の事件となった。『死刑囚になったヒットマン 「前橋スナック銃乱射事件」実行犯・獄中手記』(小日向将人、山本浩輔/文藝春秋)はこの事件で銃を乱射した犯人のひとりで、2009年に死刑が確定した小日向将人死刑囚による手記である(死刑囚は親族などかなり親しい人以外は面会できないため、手記が出版されることは非常に稀だ)。

 前橋スナック銃乱射事件へと至る発端は2001年、東京都葛飾区の四ツ木斎場での通夜の席に潜り込んだ暴力団員が、参列していた暴力団員2名を射殺した事件だった。しかしいくら敵対しているとはいえ、襲名披露や葬儀といった“義理事”の場を荒らすのはこの世界ではご法度のため、両組織のトップ会談によって実行犯が所属していた組織の総長を絶縁、一家の取り潰しを決めて手打ちにした。しかしそれに不満を持った幸平一家矢野睦会の矢野治会長(後に事件の首謀者として逮捕、死刑囚となるが拘置所内で自殺)の指示で、四ツ木の事件を起こした関係者とされる暴力団員を亡き者にする計画が進められていく。

 ところが矢野会長は殺害に失敗した者は身内でも始末するという恐怖で部下を支配、さらに襲撃を「ゲーム」と言うなど、場当たり的で突飛な指示を次々と出していく。小日向死刑囚はその計画に疑問を抱き、矢野会長へ何度も襲撃をやめるよう進言するが聞き入れられず、かといって逃げれば口封じのために殺されるかもしれない、これ以上何か言うと妻子に危害が加えられるかもしれない、という恐怖から思考のフリーズ状態に陥り、やがて前橋へと向かうことになる……。

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 小日向死刑囚は記憶力に優れているようで、手記を読むと犯行に使われた銃の描写や誰がどんなことを言っていたかなど、その場で目や耳にしたことが詳細に書かれている。また自身が気に留めたことや拘泥することについて執拗に書くのだが、気になることや心の動きが常人の感覚からかなりズレていることに違和感を覚えた。しかも文章が非常に拙い(小学生の日記のように起きたことがほぼ順に書かれている)のに、物騒で凄惨な場面が淡々と、しかも克明に描写されているため、その落差にしばしば困惑した。

 本書の注意としては、冒頭の部分の登場人物が非常に多いので、まずは誰が誰と関係しているのか、どんな事件があって誰への報復が行われたのかという事実関係を把握するため、本書の「はじめに」を読んだ後は第一章「嚆矢」の最後に収められた、共著者である山本浩輔氏による解説「住吉会幸平一家と当時の捜査」を先に読んで人物関係と事件のあらましを理解しておくと、手記での小日向死刑囚の心の動きも含めて把握できるので、読み方としてお勧めしておきたい。また一般人にもわかりやすく一連の暴力団事件を解説する元組対四課管理官の櫻井裕一氏のコメント、現在キリスト教徒となった小日向死刑囚をサポートする、古くからの知人で元ヤクザの過去を持つキリスト教伝道師の進藤龍也牧師の話も非常に興味深かった。

 この人なら、と信じた人から指示されるまま人生を歩き続けていたら、いつの間にか荒野でひとりぼっちになってしまったような心境を綴った第六章「逮捕」以降、小日向死刑囚は少しずつ人としての心を取り戻そうとしているように感じた。本稿筆者が以前、進藤牧師に取材した際、進藤牧師は「過去は変えられません。でも未来は自ら切り開き、変えていけるもの。だから過去を否定せず、神を信じて自分を知れば、消してしまいたい過去さえも武器になる。神は、万事を益と変えてくださるのです」と話していた。小日向死刑囚の過去には何度も引き返せる分岐点があった。しかし死の恐怖に支配された心は、固く閉じたままだった。それだけに、本書の最後に収められた「遺言状」が重く心にのしかかってくる。

 どうか心してお読みいただきたい。

文=成田全(ナリタタモツ)

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