超遅咲き新人漫画家の衝撃を体感せよ! レジェンドも絶賛した『67歳の新人 ハン角斉短編集』

マンガ

公開日:2024/1/30

67歳の新人 ハン角斉短編集
67歳の新人 ハン角斉短編集』(小学館)

 デビュー30年、画業40年といった現役漫画家は数多くいる。彼らの多くは漫画好きならその名を知らない人はいないレジェンド的存在で、60歳を超えてもなお創作の道を突き進んでいる。

 本稿ではそんな大ベテランたちと同年代の漫画家の作品を紹介したい。ただ、彼は2020年にデビューし、その2年後に初の単行本を出したという67歳の新人漫画家である。

67歳の新人 ハン角斉短編集』(小学館)はすでに重版出来となっており、著者であるハン角斉氏のインタビュー記事もネットに多数アップされ話題になっていた。その大きな理由のひとつはやはり、超のつく遅咲き漫画家だからだ。私はその情報は知っていたが、いざ作品を読んでみると新人や年齢のことなどは関係なく、氏の描く独創的な物語にぐっと引き込まれてしまった。

 現役レジェンド作家の一人、池上遼一氏が「深い読後感!不条理文学を彷彿とさせる作風の異才だ」と絶賛した本作を紹介していく。

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67歳の新人漫画家が描く世界観

 収録されている新人賞獲得作品を含む読み切り5編と描き下ろし1篇のなかから、2編を紹介する。

・「山で暮らす男」
 登場するのは一人で山中に暮らす男。彼はふと「冬の間の食料を調達しないと」と、“食料がたっぷりある”町へ下りていく。そこでいきなり銃で撃たれてしまう。猟銃を持った人間たちに追いつめられた彼は、そこで子ども連れの女を襲ったことを述懐する……。

 最初は脱サラでもして山を買った男の話かと思って読み進めていくと、狂気じみた“殺し”の描写があり、そのうえで向けられる銃と殺意。これはミステリーなのか、サスペンスなのか。そもそもいったいどこの世界の話なのか、はたして山で暮らす男の正体とは。まさに衝撃の新人賞受賞作。読後はきっと最初から読み返したくなるはずだ。

・「親父のブルース」
 52歳の川口という男性が主人公。女性と縁がなく、容姿も決していいとは言えない彼は、この年までやむをえず独身であった。川口はある日、ふと入ったペットショップで美しく人当たりの柔らかな、品のいい女性と知り合う。彼女はそこで、可愛いとは言えない一匹の犬を買うのだという。川口は「こんな美人がこんな犬を飼うのだから、俺を見初める女性がいてもおかしくはない」と考える。彼女に「犬を飼えるような家はあるのか」と聞かれたことを思い出した彼は、一念発起して中古の一軒家を購入する。

 2カ月後、マイホームに引っ越す前日に川口は捨て犬を見つける。それは彼女が買ったあの犬だった。新居で犬と暮らし始めた川口は彼女を許せないでいた。しばらくして犬を捨てた女を見つけ、後をつける……。復讐の物語なのかと思わせるが、読後感は爽やかだ。

 読んでいくと、後半からラストまでで一気に世界観が裏返る、あるいはモヤモヤする展開がすっきりする作品が多い。また、各エピソードに共通するのは中高年男性がいい意味でも悪い意味でもリアルに描かれているところだ。人生の終わりがうっすら見えてきて(あるいは最期を迎え)、それでも何とか、精一杯生きている中年男性たちは、皆“いいキャラ”だと感じた。

漫画家・ハン角斉を生んだ22年間

 発想に驚かされるし、展開は飽きさせないし、キャラも魅力的で、ペンで執拗に線を重ねた作画の熱量もぐっとくる。67歳でデビューしたという話題性以上に面白い。

 そもそもハン角斉氏が67歳にもなってどうしてデビューしたのかが気になるだろう。本書の前書きで氏が語っていた内容を一部紹介する。

 氏は子どもの頃は漫画家に憧れてはいたものの、描けずに大人になった。整骨院を開業後、暇な時間に漫画を描くようになる。コンテストへの応募をはじめたのが45歳の時だ。その決意も相当なものなのだが、それから幾度となく投稿しては落選を続けていく。67歳まで実に22年間である。氏は「漫画を描くことは習慣になっていた」からできたのだと言うが、どんなに好きなことであっても相当な覚悟だったはずだ。

 ペンネームの「はんかくさい」とは、北海道や東北で使われている方言で「ばからしい」「あほらしい」という意味だそうだ。ただ、氏自身はもちろん、この単行本はまったく「はんかくさい」とは言えない。20年以上の努力によって生み出せた、ほかの何かと比肩できない一冊は体験する価値があるだろう。

文=古林恭

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