「こんにちは。自殺ですね?」 死後の手続きを行う“役所”を舞台に繰り広げられるヒューマンドラマ『死役所』

マンガ

公開日:2024/6/13

死役所

 人は死んだ後、どこへ行くのだろう。おそらく多くの人が、それを考えたことがあるに違いない。天国? 地獄? いやいや。それを決めるため死後に人が最初に向かう場所――それこそが「死役所」。ここでの手続きを経て、死者はみなそれぞれの行き先へと向かう。そんな架空の場所・死役所を舞台としたヒューマンドラマが、あずみきしによる『死役所』(新潮社)だ。


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死役所

 自殺、他殺、病死、事故死、寿命、死産…。人間にはさまざまな死の形があるが、どんな死者もすべて一様にここ死役所での手続きを経て、次の行き先が決まる。

 無事成仏し天国へ向かう者もいれば、生前の行いから地獄へと落ちる者。そのどちらでもない真っ暗闇の「冥途の道」を永久に彷徨う者や、この死役所で職員として勤務することになる者まで、その運命はさまざまだ。

 物語の主人公となるのは、そんな死役所の総合案内を担当する職員・シ村である。死役所には毎日、いろんな形で死んだ人々が大勢訪れる。彼らを適切な課へと案内し、不明なことがあれば相談に乗ったり対応したりする。それがシ村の仕事だ。

死役所

 人の数だけ死があり、その死の数だけドラマがある。いじめを理由に命を絶った中学生。恩人を庇い事故死した若い女性。長年の闘病の末に息を引き取った男や、大勢の家族に見守られながら天寿を全うした老人、実の母親からの虐待で亡くなった少女…。

 シ村をはじめとした死役所の職員たちと共に、そんな大勢の人々のヒューマンドラマをオムニバス形式で覗く本作。

 その中で物語は、「なぜ死役所の職員たちはここで働いているのか」「なぜシ村は死役所の職員になったのか」といった謎にも迫っていく。

死役所

 死役所を訪れる人々は、きちんと死んだ時の姿のままで現れる。絶妙に現実感のあるそんな設定も、「人間の死」をコンテンツとしてではなく真正面から真摯に描いていることを感じさせる一面だ。

 だが主人公であるシ村や同じく役所で働く仲間たちの、ほどよくシニカルでコミカルなキャラ性が、どこか読者をクスッとさせてくれる緩和剤のような空気感を纏う。業務の中で死者と毎日接する彼らにとって、「死」は特段忌避するものではない。さらに言えば、まったくもって特別視するものでもない。ただの日常だ。

死役所

 どこまでも死に対して、死者に対してフラット。そんな彼らの平静さがどうしても死に過敏になりがちな、生者である我々読者にとってもありがたい温度感なのである。しかし当然だが、今や死にすっかり慣れてしまった職員たちにも生者だった頃が、我々や役所に来る死者たちのように、死にセンシティブだった頃が必ず存在する。役所を訪れる死者のみならず、役所の職員たちにも、それぞれのドラマがある。

 物語の案内人として存在する彼らのバックボーンもまた、本作の一段深い所にある魅力として読者を惹きつけるのだ。

死役所

 その中でも本作の主人公たるシ村は、普通の作品であれば、ある意味一番主人公らしくない存在である。常に能面のような笑顔を貼り付け、粛々と日々訪れる死者の応対をこなす。まさしく「役所仕事」という言葉がぴったりの振る舞いで、他の職員から苦言を呈されることもしばしば。非常に謎の多い、腹の底が読めないタイプの男だ。

 しかしこの『死役所』は先述の通り、センシティブな死というテーマに対してフラットな視点で描かれた作品である。だからこそ人間味の少ない、常日頃淡々とした姿勢を貫く彼は、今作に限りまさしく主人公として最適な存在とも言えるのだろう。そんな彼が冷静さの裏に抱える大きな秘密も、大勢の読者の興味を惹きつけてやまない一面でもある。

死役所

 連載開始から10年以上。すでに作中ではシ村の正体やその目的についても明かされる中、大勢の死者のエピソードと共に物語は引き続き展開されている。

 たくさんの人々の死のドラマに、あくまでストーリーテラー的存在で伴走してきたシ村。ここから先の展開で、彼がストーリーの主役となる日もおそらくどこかで訪れるだろう。彼の死にまつわる物語、そしてその顛末も、しっかり最後まで見届けていきたい。

文=ネゴト/ 曽我美なつめ

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