“ずっと優等生”だった女性の新たな出会いと人生の変化。家事代行での料理の裏に、家族愛や生きることが描かれる1冊

文芸・カルチャー

更新日:2024/5/31

カフネ"
カフネ』(阿部暁子/講談社)

 忙しすぎたり、ストレスにさらされたりすると、食生活をないがしろにしてしまう人も多いはずだ。その結果、体調や気分がすぐれなくなり、周りが見えず、いつもひとりのような気持ちになる――そんな苦しみに心あたりがあるのなら、本書『カフネ』(阿部暁子/講談社)を読んでほしい。

 法務局に勤める41歳の野宮薫子は、子どもの頃から真面目で、どんな困難も努力で乗り越えてきた。しかし、夫・公隆との間に子どもを望み不妊治療を繰り返すも授からず、夫から一方的に別れを切り出されて離婚。さらに、かわいがってきた12歳年下の弟・春彦が急死して、憔悴しきっていた。

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 薫子は春彦が作成していた遺言状に従って遺産の一部を渡すため、春彦と同い年の元恋人・小野寺せつなに会う。ぶっきらぼうで配慮のないせつなの態度に薫子は憤るも、彼女の作った料理を食べたことをきっかけに、薫子は堕落的な生活から脱出。せつなが依頼者宅で食事を作る仕事をする家事代行サービス会社「カフネ」で、掃除が得意な薫子もボランティア活動を手伝うことに。それは、子育てや介護、貧困などの理由で掃除や料理が難しい家庭で、家事をサポートする活動だった。薫子は、せつなの料理と、身も心も飢えた人に対して彼女が料理で表現する愛情、困窮する人々と接する中で、視界が広がっていく。

 優等生タイプだが、努力でも叶えられなかった出産や子育てをする女性を妬むなど、怒りに支配される薫子の姿はリアルで、自力で人生の道を切り開こうと頑張ってきた人は共感してしまうのではないだろうか。そして、凄腕の料理人である、クールなせつなが魅力的。家事代行という働き方も今らしくて興味深く、冒頭から物語に引き込まれる。

 本作の魅力はなんといっても、せつなが作る絶品料理の数々だ。限られた時間で料理を仕上げていくせつなの手さばきにはうっとりするし、香りや湯気さえも伝わりそうな完成品の描写も楽しい。パックの中で崩れたケーキで作ったバラの飾り付きのパフェ。海賊に似合う豪快な骨付き肉。目にも楽しい色とりどりの野菜のピザ。やさぐれた心が料理でほぐされていくさまは感動的で、痛快でもある。本書の料理の中に、「これ、作ってみたい」「食べてみたい」というお気に入りの1品が見つかるだろう。

 そして、春彦の死の真相や、母が不在のきょうだいの家で心を揺らしたせつなの過去など、謎が明かされていく展開にもハラハラする。女性同士である薫子とせつながどんな未来を選ぶのか、そこからも目が離せない。そんな人間ドラマを通じて、家族愛のダークサイドや、「生きるとは?」といった重厚なテーマも描かれる。なめらかで口当たりの良い文体ながら物語の味わいは濃厚だ。しかし読み終わる頃には、人を救う「つながり」の力を確信して、胸がじんわりと熱くなる。

 タイパ・コスパが重んじられ、サプリメントや加工食品でも十分に栄養が摂れる時代。それでもやっぱり、誰かと自分のために、食材を買って料理して、盛り付けて食べるという美しい営みは人生に必要だと、本書は教えてくれる。誰と何をどう食べるかは、まさに「どう生きるか」そのもの。よりよく生きるため、今日から料理や食事の時間をもっと大切にしたくなる1冊だ。

文=川辺美希

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