「私の料理が今 彼の細胞を育んでいる」クラスの儚げ美少年の身も心も“自分のつくったごはん”で包む

マンガ

公開日:2024/5/21

琥春くんの細胞を
琥春くんの細胞を』(浅葉さつき/白泉社)

 あまりに闇が深すぎて、幸せを願わずにはいられない男子高校生と、彼にとって唯一の癒しで光となる女子高生を描いたマンガ『琥春くんの細胞を』(浅葉さつき/白泉社)。料理が得意で家政科に所属する主人公の都羽(とわ)が、ファミリー向けマンションでなぜか一人暮らししている隣人で、学校中の注目を浴びる美少年・琥春のために、食事をつくることになるという、あらすじだけを聞けば王道の少女マンガなのだが、描かれている内容はなかなかにディープ。

 一見はかなげで天使のような琥春は、自分の見た目がうるわしいことを十分すぎるほど知っており、年上のおねーさんにその身をゆだねて、ごはんをご馳走してもらったりお小遣いをもらったりしている(犯罪!)。その現場を目撃してしまった都羽は、15歳にして生きるために身売りすることを覚えた彼に、ただ安心しておいしいごはんを食べてほしい一心で食事をつくり続ける。

琥春くんの細胞を

琥春くんの細胞を

 もちろん都羽だって、他の女子たちと同様に琥春に憧れを抱いているし、人並みに独占欲だってある。自分のつくったごはんを食べている姿をみて、〈私の料理が今 彼の身体に栄養を運んでいる 琥春くんの細胞を育んでいる〉と感激する場面は、なかなかにフェチ性が高い。「そうか……好きな人の胃袋をつかむというのは、単に居心地のいい場所を提供するということではなく、細胞レベルで相手を自分色に染めあげたいという所有欲の現れでもあるのか……」と改めて感じ入ってしまった。

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琥春くんの細胞を

 なんて表現すると重たく感じられるが、自分のつくったごはんで身も心も満たされてほしいと望むのは、シンプルに、愛である。そして多くの人は、生まれたときにその愛情を、親から無条件に与えられる。その積み重ねで、自分は愛されていいのだという自信を、無自覚に育んでいく。けれど琥春はそうではなかった。〈生まれたときから大人の食い物だった俺に 都羽はいっぱい与えてくれた 何も奪わずに〉と語る場面はあまりに切ない。

 都羽が料理をつくるのは、細胞レベルで大好きだと琥春に伝えるためだというが、だからといって都羽は、駆け引きのために料理を使わない。手作りの菓子で琥春の気を惹き、好きになってもらおうとする他の女子たちと違って、都羽は琥春の健康を守るための料理をつくり続ける。そんな都羽だからこそ、琥春は求められなくても触れたくなるし、一緒に過ごす時間を望んでしまうのだ(その誘惑に負けない都羽もえらい!)。そのまま、ふつうの子どもっぽいところもある一人の少年として、琥春が笑える日がきてほしいと願うばかりなのだが……。

琥春くんの細胞を

琥春くんの細胞を

 彼をひとりの人間として扱わない、欲望の対象に据える大人たちがあまりに多く、それゆえに琥春の闇も簡単に癒えるものではないということも伝わってきて、身もだえしてしまう。おそらく今後、彼を食い物にしたらしい両親も登場すると思われるが、どうか都羽の健やかな光が琥春を守ってくれますようにと、願わずにはいられない。

文=立花もも

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