「ソーシャル・アパルトヘイト」とは?―英国の保育園に存在する「子どもたちの格差の壁」

社会

2017/7/28

『子どもたちの階級闘争』(ブレディみかこ/みすず書房)

 日本で格差社会と言われるようになって久しいが、イギリスでは保育園にも明確かつゆるぎのない格差があることをご存じだろうか。「ソーシャル・アパルトヘイト」(格差が子どもたちの発達に差を生んでおり、加えて、裕福な子と貧しい子が分離され触れ合うことがなく暮らす状態)の一端だ。

 そんなに小さいうちから格差と驚くなかれ。イギリスはもともとが階級社会で、日本にかつてあったような国民総中流意識はない。しかし、今のイギリスでは、この格差があまりに世代間で固定化していることが問題となっている。この問題の実態を具体的に描いたのが、『子どもたちの階級闘争』(ブレディみかこ/みすず書房)、英国在住の女性日本人保育士が書いた、2008年から2016年までの日記風レポートだ。著者はイギリス人の夫をもち、社会の底辺にある託児所で働いている。ちなみに社会の底辺とは、「平均収入、失業率、疾病率が全国最悪の水準1パーセントに該当する地区」のとこと。つまり、英国全人口の下から1パーセントに数えられる人々が住む地区だと解釈してほしい。

 では、実際に彼女の職場の日常を見てみよう。

 漆黒のおかっぱ頭にブルーグレーの瞳。今日初めての登所となる4歳の双子が目に入る。朝、職場の託児所に着くなり、同僚にこう言われた著者。「ミカコ、中国語わかるよね」。日本人なら、同じ東洋である中国の言葉もわかると思われたらしい。実際は中国語はまったくわからないのであるが。半ば強制的に担当とされた双子は、すこぶる凶暴。赤ちゃんから玩具を取り上げてギャンギャン泣かせ、そばの幼児に無言で近寄っていっていきなり顔を引っかき、さらに、水浴びをしている子どもの頭を背後から押さえて水中に沈めようとする。

 ここは、国の予算とボランティアで運営されている託児施設で、親が仕事の間に預ける保育園よりも、もっと広いニーズに対応している。例えば、親が「無職者・低所得者支援センターのリーガル・アドバイス」を受けるときなど。実は双子の父親もその例に漏れない。ただしその父親は中国人。英語での会話はこころもとなく、双子はほとんど英語が話せない。母親はポーランド人だったが、数カ月前に夫と子どもたちを置いて帰国してしまったという。近年、こうした保育施設では、移民の子どもたちが多くなっていて、言語の問題や人種差別が起こっている。ちなみに、ここの人種差別というのは、白人が有色系を差別するのではなく、移民の側が多いがゆえに逆に貧しい白人が移民たちから差別されることが多いようだ。

 その数日後、著者は、その親子が同建物内にある支援食堂で、1食1ポンドのランチを分け合って食べているのを見かけた。その様子は一見、子煩悩な父と子どもたちという仲の良い家族のようだった。しかしこの後、双子は施設に姿を見せなくなる。里親に出されることが決まったというのだ。経済、精神、体力すべての面において限界にきていた父親が、ソーシャルワーカーに「子どもを手放したい」と意思表示をしたらしい。

 こうした例は珍しいことではなく、むしろここ最近増えていて、著者の同僚いわく「親が、もう踏ん張れなくなってる」のだとか。その有様は、左派の新聞が「英国はまるでヴィクトリア朝の時代(19世紀)に戻ったようだ」と書くほど。21世紀の英国で、親が子を経済的な理由から手放したいと思うような社会層は確実に増えていることになる。

 この原因は、国の財政緊縮政策だと著者はいう。つまり、労働党政権時代には、3歳児からの保育費用を週15時間まで無料にする、貧困地区への託児所の設置など、手厚い保育政策が布かれていたところに、保守党政権が財政緊縮を行った。その結果、国の予算に支えられていた部分が崩れ、保育環境も厳しくなっているというのだ。さらにEU下で移民が増えたことで、先の双子たちのようなケースも続出しているという。

 また、この本に登場する子どもたちに共通するのは、アッパークラスはもちろんのこと、ミドルクラスの子どもたちとの接触が一切ないことだ。このまま成長すると、よほどの意識の高さと幸運とに恵まれなければ、格差の壁を突破することができない。

 格差の壁は、日本も他人事ではないだろう。日本はソーシャルワーカーの数は足りず制度も不十分。教育制度や里親制度の是非を含め、考えさせられることの多い一冊だ。

文=奥みんす