動物だって、ひとりぼっちはイヤだ! その「せつない」生態とコミュニケーション術

ライフスタイル

2017/9/19

『せつない動物図鑑』(ブルック・バーカー:著、服部京子:訳/ダイヤモンド社)

 仕事や生活、人付き合いに追われ忙しく過ごしていると、のんびりとした動物たちの暮らしが羨ましくなることもあるだろう。しかし、冷静に考えれば彼らだって生きるためには、のんびりとばかりはしていられないし、動物同士の付き合いだってあるのだ。そして、時には「本当にそれで満足なのだろうか?」と思う生態も見受けられる。どれも、人間の尺度で考えても仕方のない話ではあるのだが……。

 本書『せつない動物図鑑』(ブルック・バーカー:著、服部京子:訳/ダイヤモンド社)は、そんな「せつない」けれど興味深い生態を、楽しく学べる一冊だ。幼少時より動物について興味を持ち続け、イラストレーターでもある著者が、愛情たっぷりに描き出す動物たちの、ちょっととぼけた表情がまた愛らしい。

 しかし、そもそも何が「せつない」のだろうか。動物自身がどのように思っているのかは、定かではないものの、本書を読むとやはりそう感じざるを得ないのだ。まずは、いかにもせつない鳴き声の話から紹介したい。

【サイは悲しそうに鳴く】

 そもそも、サイが鳴くということ自体に馴染みがないのだが、意外にも状況によってさまざまに鳴き声を使い分けるという。なかでも、迷子になったサイが仲間を探して呼ぶ声は、とても悲しそうだというのだ。広い大地の真ん中で1頭のサイがたたずんでいるだけなら、孤高の存在だとも思えるだろう。だが、小さな子サイが、悲しそうに仲間を呼び続けていたら──想像するだけで、胸が締め付けられそうだ。

 アフリカの広い大地でひとりぼっちも寂しいのだが、もっと広大な海で迷子になったとしたらどうだろう。しかも、その状況が30年近くも続いているとしたら、それは想像を超えた孤独なのではないだろうか。次はその例を紹介する。

【オンチなクジラは迷子になる】

 1989年、北太平洋でひとりぼっちで歌う、迷子のクジラの音声が観測された。意外なことにその原因はオンチだからだというのだ。クジラは歌で会話をするが、彼の声は高すぎて仲間の歌だとは認識されず、しかも、他のクジラが通らないルートに迷い込んでいるため、偶然の出会いも期待できないという。そんな彼が、せめて他の生き物と仲良くできればと願わずにはいられない。

 以上の2例は孤独さゆえに「せつない」思いを抱くのではと感じさせるが、群れの中にいても、それはそれで悩みがあるようだ。次の事例は一部の動物にも「空気が読める」能力があるということを示している。群れを作ると、そこには社会性が生まれるものだ。

【ネズミにはほかのネズミの悲しみがうつる】

 ある研究で、近くに元気のないネズミがいると、周りの元気な個体までじっと動かなくなってしまうことが観察された。しかも、普段から一緒に暮らしている者同士なら、余計にその反応が強くなり、また人間である飼い主に対しても現れるそうだ。つまり、ネズミがペットであるなら、元気で過ごしてもらうためには、可能な限り笑顔で接するよう、くれぐれもご注意を。

 著者はまえがきに「かわいそうと思ってもらいたいわけではありません」と記しており、あくまで動物を身近に感じてほしいだけ。しかし、小生はどうしても動物たちに感情移入してしまい、読めば読むほど「せつない」気持ちになってしまう。それは人が社会生活を営む上で、お互いに思いやる心が円滑なコミュニケーションを生み出しているのだから、致し方ないのだろう。もっとも、著者の動物への思いやりが本書執筆の動機なのだし、読者がそういった感情を持つことも、きっと承知の上。それなら、「かわいそう」と思う気持ちがきっかけでも構わないのでは? そこから、動物たちを知ろうとすることが、大切なのだと思う次第である。

文=犬山しんのすけ