夢を追う若者の物語『ソラニン』と、 夢が叶った中年男を描く『零落』が同時発売 浅野いにおが描く2つの“夢”の物語

マンガ

公開日:2017/11/25

新装版『ソラニン』(小学館)
『零落』(小学館)

 ゼロ年代、若者を中心に人気を博した漫画『ソラニン』(小学館)といえば、浅野いにおの代表作であり、累計90万部を超える大ヒット作。同作の完結から11年が経った今年、A5サイズの新装版『ソラニン』として再登場し、同時期に発売された単行本『零落』とともに話題を呼んでいる。

 作者本人も「図らずも『ソラニン』と対照的な漫画になったんじゃないかなと思う」(※)と語っている。それぞれのカラーは異なるが、根底には“夢を追うこと”という共通のテーマが感じられる、二作の魅力について紹介しよう。
(※)新装版『ソラニン』あとがきより

悩みの全てが若く、まぶしい、新装版『ソラニン』

 社会人2年めのフリーターバンドマンの種田と、大学時代からの種田の恋人・芽衣子の日々を描く青春漫画。大人というには若く、子供と呼ぶには現実がわかりはじめる20代半ば、そんな彼らが抱く悩みを真正面から描き、同世代の共感を呼んだ。恋人や仲間と過ごす何気ない日常に小さな幸せを感じながらも「今、この瞬間はいろんな現実からから目を背けた上になりたっていること」を自覚し、夢を追ってばかりいられない……焦燥と哀愁が入り混じる作品だ。

 11年前、まだ学生だった筆者が『ソラニン』を読んだ際、芽衣子たちが現実と折り合いをつけていく姿を見て、大人になることへの寂しさを感じた。そして、新装版の発売を機に、久しぶりに芽衣子たちの悩みを目の当たりにして、その悩みの全てが若く、まぶしかった。キャラへの共感ではなく、もはや「若いってステキね」と感じてしまい、自分の年齢を再確認。思わぬ副産物だった。

 新装版には、彼らの“その後”を描いた描き下ろし漫画が掲載され、30代半ばの芽衣子たちが登場。それぞれが、地に足の着いた10年を過ごしてきたことが伝わってくる内容となっている。ビリーに幸あれ。

 そして、作者自ら綴る「あとがき」では、物語の中盤で起きる“事故”の核心にも触れ、読み応え十分。初めて読む人にももちろんおすすめだが、11年前に同作を読んだ人は、学生時代の友だちに会うときのような、少しそわそわした気持ちで楽しめる一冊となっている。

夢が叶ったあとはどうなると思う? と投げかけてくる『零落』

 落ちぶれることを指す「零落」をタイトルに据えた浅野いにおの最新作。主人公の深澤薫は10代の頃から漫画のことばかりを考え、仕事に没頭してきた漫画家。しかし、長期の連載を終えた彼に残されていたのは、残酷なまでの“空虚感”だった。新連載の目処も立たず、無為に過ごす日々の中で、ミステリアスな女子大生・ちふゆとの触れ合いや妻との離婚など、出会いと別れが描かれているが、彼が虚無感から解放されることはない。

 そして、久しぶりに真っ白な原稿用紙と向き合った深澤は、漫画家として走り抜けた10年間のことを想う。

「他人に受け入れられる事への感動と、期待される事への苦しみを知った30代も半ばを過ぎ、今の自分に残ったものといえば、疲れた体と幾らかの貯金だけだ。
喜びも悲しみも人としての営みも、全て漫画の中に置いてきた。
自分にはもう描きたい事など何もない。
今となっては、なぜ自分が漫画家という仕事を選んだのかも、上手く思い出せない。」

 彼を襲う孤独や虚無感は、夢を叶えたことの代償のように感じられるモノローグだ。“諦めずに夢を叶えること”が美徳とされている世の中に対して、すべてを賭けて夢が叶ったあとはどうなると思う? と、投げかけてくる作品。

『ソラニン』が“夢を諦めた若者の物語”だとすれば、『零落』は“夢を叶えた中年の物語”。無理にとはいわないが、ぜひ2冊一緒に手にとってほしい。

文=フク・ロウ太郎(清談社)