高齢者に席を譲られ、働き過ぎを自覚…。心が熱くなる「都電」の思い出

暮らし

2017/12/14

『思い出ガタゴト 東京都電diary』(東京都交通局/東京新聞出版局)

「中央線が好きだ。」という広告。毎朝、満員電車でもみくちゃにされながら職場に通っていた頃は「嫌いだー!」と思いながら見ていた。だが、通わなくなるとその頃が懐かしく思い出されて「やっぱり好きだー!」などと思い、わざわざ中央線に乗る機会を作ろうとしてしまう。ただ乗っているだけなのに、電車はなぜこんなに思い入れが深いものになるのだろう。同じときを過ごしたほかの交通機関、さらにはほかの場所に比べて電車は特別な気がする。慣れ親しんだ電車が廃線ともなればその思いはなおさらだ。

 東京都電車、いわゆる都電は、最盛期の1950年代には200kmを超える路線網を広げ、東京の至る所を走っていた路面電車である。1960年代、自動車の普及に伴って都電は次々と廃止された。だが、1974年に荒川線のみ恒久的存続が決定し、現在も唯一の都電として走り続けている。そんな都電にまつわるエピソードを東京都交通局が募集。入選作50本を一冊にまとめたのが『思い出ガタゴト 東京都電diary』(東京都交通局/東京新聞出版局)である。

 電車の思い出にもいろいろある。戦前から東京に住む人々の足として活躍していた都電は、特に戦争の体験とつながる人が多いようだ。入選作「フカフカまんじゅうの都電」では、戦後の食糧難の時代に三日に一度、食事の足しにとまんじゅうを都電で買いに行かされた少年時代の思い出を綴る。ほとんど小豆が入っていないまんじゅうよりも参考書がほしかったが、長男として家族のために我慢したという。苦しかった時代のほろにがい日々が電車と結びついている。暗い感情は電車のガタゴトという音や揺れと親和性が高いように思う。一人で乗っているとその感情がいっそう深いところに落ちていきそうだ。

 人生における忘れられない一場面を思い出す人もいる。東京新聞賞受賞の「車掌さん、ありがとう。」は、専門学校受験のために初めて一人で都電に乗り、無事に受験校に到着できるか不安を感じていたところ、車掌さんに優しく声をかけてもらったというエピソードだ。その後教員になって定年まで勤め上げたことを車掌さんに報告する最後の一文に胸が熱くなる。また、審査員特別賞受賞の「暖かい記憶」は、仕事帰りの女性が「顔色が悪いわ」と高齢の女性に席を譲られた話だ。ほんのり温かい座席に女性は「前のめりになり過ぎるのは良くない」と言った祖母のことを思い出す。すっかり当たり前だと思っているが、ほかにやることもなく(今はスマホもあるけれど)見知らぬ人々と狭い空間でいっとき同じ時間を過ごすのはなかなか特殊な状況かもしれない。それは人との出会いで起こる奇跡の宝庫となるだろう。

 電車はただ乗っているだけのようだが、だからこそその雰囲気を強く感じ取っている。頭は常に働いていて、いろんなことを考えながら思いながら、電車を感じている。当時抱いていた思いが移り変わる車窓の風景や独特の音とにおい、体に感じる揺れと強く結びついて記憶に刻まれるのだろう。だから電車は思い出になりやすい。思い入れが深いものになりやすいのではないだろうか。

 もちろん、それだけ愛着のある電車が廃線になるのは嫌だ。いつまでも私たち乗客の思いを乗せて走り続けてほしい。だが、たとえ電車はなくなっても刻まれた記憶とともにその姿はずっと人々の心に生き続けるだろう。

文=林らいみ