アスペルガーの中学生が焙煎士に! 「人生の杖」を見つけるまでの物語

暮らし

更新日:2018/2/26

『コーヒーはぼくの杖~発達障害の少年が家族と見つけた大切なもの』(岩野響・開人・久美子/三才ブックス)

 寒い日には、コーヒーがよく似合う。暖められた室内で家事や仕事の合間にコーヒーを飲むのが至福のひと時、という人は多いに違いない。手軽に飲めるインスタントコーヒーやドリップコーヒーもいいが、丁寧に焙煎された豆でいれたコーヒーの風味や味わいはやはり格別だ。

 そんなコーヒーの焙煎に魅せられたのが、15歳(2018年1月現在)の岩野響くん。彼は8歳の時にアスペルガー症候群の診断を受け、中学1年で学校に行けなくなった。学校に行かないのなら、どう生きるべきなのか。その課題に直面した響くんと家族は、さまざまな摸索の末「コーヒーの焙煎士」という生き方にたどり着き、ショップ「ホライズンラボ」を開業。響くんとご両親に取材したインタビュー内容をもとに響くん、お母さん、お父さんの語りの順で構成された『コーヒーはぼくの杖~発達障害の少年が家族と見つけた大切なもの』(岩野響・開人・久美子/三才ブックス)では、一筋の光を見つけるまでの家族の知られざるエピソードが語られている。

 本書の大きな特徴は、響くん、お父さん、お母さんの3人の語りが明確に分けられていることだ。そのため、同じ場面でもそれぞれの考え方の違いがわかり、響くんの抱える発達障害についての三者三様の葛藤や苦労をはっきりと感じることができる。

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 例えば、中学の同級生が当たり前のように行っている授業中の板書やテストの解答欄を埋めること、毎日の宿題などが響くんには難しい。これには「時間感覚の欠如」や「一つ一つの文字をあいまいにできない」など、発達障害特有の複合的な要因がある。しかし、響くんの語りからは、期待される「普通の中学生」であり続けるために、苦手な物事に対して一生懸命に取り組もうとする意欲が伝わってくる。それでも上手くいかず、徐々にストレスをためていく様も。テストの時間、徐々に思考がそれていき何もしないままテストが終わってしまう描写などは、読み手が響くんの思考や感覚を想像する上で非常に役に立つはずだ。

 対する両親からは、響くんに無理をさせていることを知りながらも、「普通」の生活を送らせてあげたいという想いから毎日学校へ送り出すことへの葛藤や、発達障害の症状を周囲に理解されないことのもどかしさが語られる。

 学校に行かないことを決断した後も、響くんが「どう生きていくか」、家族の模索は続いた。家業の洋品店を手伝うべく、商品の検品をすれば8時間で5足という結果。家事をすれば、朝食の食器洗いが昼になっても終わらず、洗剤1本をまるまる使い切る。響くん自身も家族も、居場所を見出そうと必死になっていた時に訪れたのが、コーヒーの焙煎との出会いだった。

 響くんが学校教育から外れ、焙煎士になること。それは決して安易に導き出された道ではなく、そこに至るまでの家族のさまざまな想いや、出来事が積みあがった末の選択だったことが、本書を読めば理解できるだろう。

 現在、響くんのオリジナル焙煎コーヒーが入手できるのは通信販売のみ。「毎日が発見ショッピング」にて、月替わりのコーヒーが購入できる。2月は「大地に吸収される雨水のように、ゆっくりと自然に体じゅうになじむような味わいの、深みと甘みのあるコーヒー」だという。

 もしあなたが今、未来に迷っているなら、凍えるように寒い日に「ホライズンラボ」のコーヒー片手に本書を開いてみてほしい。コーヒーという響くんの「人生の杖」。それを見つけるまでの家族の葛藤と摸索の歴史に、きっとヒントがあるはずだ。

文=佐藤結衣