“Jユース”の物語『アオアシ』が面白すぎる! 大人もハマるその理由

マンガ

更新日:2018/3/26

『アオアシ』(小林有吾/小学館)

 ライター同士でお茶を飲んでいた時、話に上がったのがアオアシだった。

「あの漫画、面白いです。ぼくは野球しかやってこなかったのに、なんかリアリティを感じるんですよ」

「わかる。友達がJリーグチームのユースが好きなんだけど、アオアシはすごくよく描けているって絶賛していたの」

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 サッカー漫画は久しく読んでいなかったが、実は名前は聞いていた。調べてみれば9巻発売時に初版10万部、累計で100万部を突破していた。

■描かれるのはプロ予備軍の高校生

『アオアシ』(小林有吾/小学館)は、架空のJリーグチームである、東京エスペリオンのユースチームが舞台。Jリーグチームのジュニアチームの目的は、選手を育て、自分のチームにプロとして入団させるということである。主人公は青井葦人(あおいあしと)。ちょっと不思議な試合感覚をもったこの少年が、粗削りながら強烈な才能を認められ、能力を開花させていく。葦人は、FWとして入団したつもりが、守備のポジションであるDF、サイドバックになるなど一風変わった(ようにも読める)サッカー漫画だ。

『アオアシ』は11巻までがBチーム、いわゆる2軍でのエピソードである。技術が粗削りで、戦術を理解していない葦人は、セレクションで合格して入団したものの、Bチームにも全くついていけない。そして基礎技術と個人戦術を高めた葦人がいよいよサイドバックとして戦う。それが8巻から11巻までの対“東京武蔵野蹴球団ユース”戦だ。このエピソードには、物語のスタートから描かれている“リアリティ”、そして“少年達のドラマ”が満載だ。この試合を軸に、『アオアシ』の魅力を説明したい。

■ストーリーの礎となるリアリティ

 感心したのは現実のサッカーファンもうなる、情報とディテールだ。これは原案協力を行っているスポーツジャーナリスト、上野直彦氏によるものだということは想像にかたくない。ただの試合実況ではない情報とディテールが物語を支えている。この8巻から11巻までで主なものをピックアップしてみる。

 武蔵野蹴球団戦直前の試合で葦人は気づく。

「潰すのは選手じゃない、スペース!」(8巻77話)
「後ろにいるからこそ…!前の選手の目になってやれる!見えないところを指示して…導いて点を獲る!」(8巻78話)

 これらは現実のサッカーでは、当たり前のような、モダンな個人戦術である。しかしこのような戦術が細かく描かれたものを私は知らない。『アオアシ』にはゴールを決める、試合を決定づける必殺技などは出てこない。だが才能以外は素人である葦人が、戦術を体得し成長することで試合に勝っていくことになるのだ。

 こちらは、エスペリオンユースの内部昇格選手が、試合前に円陣を組んで話す一幕。

「武蔵野のメンツをみろ。見慣れた顔ばかりだろ。この東京で、ガキの頃から俺たちが実力差を見せつけてきた奴らだ」(9巻94話)

 一方、武蔵野蹴球団ユースキャプテン武藤は中学生の時、エスペリオンに圧倒的な差を見せつけられていた。

「子供の頃からこの東京で常に俺達より優れてきた選手の集まり。それがエスペリオンユース。エスペリオンは俺達にとって恐怖の対象だった」(11巻115話)

 小学生でも、恐ろしい選手は絶対に忘れない。また対戦したことがなくても、隣の市のチームにすごい選手がいることや、あのチームから強豪ユースチームに入団した…という話は伝わってくる。そういった、少年達の細かな心の動きまで見事に表現されている。

■凝縮された多感な少年達の青春ドラマ

『アオアシ』には、巧みなサッカー描写とともに、多感な少年達の青春ドラマが描かれている。1巻から続いてきた彼らのドラマは、この8巻で一区切りとなる。武蔵野蹴球団ユースとの試合は“弱さとその克服”をテーマにしているように思えた。

 エスペリオンユースのFW橘は武蔵野蹴球団のジュニアユース(中学生チーム)から入団したが、その実力を発揮できない。だが試合中ついにふっきれる。点を獲れなくても起用してくれた監督のために、そして決して折れない強いメンタルをもった葦人に引っ張られついにゴールを奪う。

 エスペリオンユースのDF冨樫は、小学生からユースまで昇格してきた内部メンバーとの間で軋轢を起こしていた。冨樫は、内部メンバーはプロになることを最優先で考え、一番は試合に勝つことではなかった。そんな内部メンバーと冨樫との連携ミスから失点してしまう。ハーフタイムに内部メンバーのひとりは、自分のせいで“チームが負けること”はプライドが許さないと言う。冨樫は気づく。自分もまた、内部メンバーとは相いれないというこだわりを、試合に勝つことより優先しようとしていたことに。

 武蔵野蹴球団ユースの金田。かつて葦人達とエスペリオンのセレクションで共に戦い、エスペリオンとの実力差に心が折れた選手だった。武蔵野蹴球団は東京でエスペリオンより弱かった選手達の集まりだが、試合に勝つためだけに一枚岩となって戦っていた。金田はこの試合で2得点する。だが逆転されたことで、セレクションの時のように気持ちが折れつつあった。“前へ進む者と進めない者”“プロになれる者となれない者”そんな言葉が金田に聞こえた時、武蔵野蹴球団のキャプテン、武藤が声をかける。「お前に学ぶことが多かった。全員でお前に集める」。金田の努力と執念と結果をみて、武藤もまた弱さを克服していた。「終わってねえ」と叫ぶ金田を筆頭に、武蔵野蹴球団は気持ちを切らさずに戦い続けた。

 この1試合の中にこれだけのドラマが内包されていた。キャラクターの少年達は悩み、悔しがり、時に反発しあって成長していく。脇役であっても描かれる感情の深みが『アオアシ』のストーリーを重厚なものにしている。

 『アオアシ』はBチーム編から、年代トップレベルのプレミアリーグで戦うAチームのエピソードに突入している。ちりばめられたリアリティと、少年や指導者達のドラマは、我々読者の想像を軽く超えてくるに違いない。今後の展開も目が離せない。

文=小林恭