藤井聡太だけじゃない! 映画『孤狼の血』原作者・柚月裕子の、快進撃を続ける「将棋本」とは?【本屋大賞第2位】

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2018/5/18

『盤上の向日葵』(柚月裕子/中央公論新社)

 藤井聡太六段の快進撃、羽生善治竜王の国民栄誉賞受賞など、ここ最近話題に事欠かない将棋界。巷でも空前の「将棋ブーム」といった状況だが、実は本の世界でも快進撃を続ける「将棋本」がある。全国紙、地方紙、各種週刊誌など多くのメディアで話題となり、このほど2018年「本屋大賞の第2位」を受賞した柚月裕子さんの小説『盤上の向日葵』(中央公論新社)だ。

 帯には「エンターテインメントとしての面白さ、迫力、文章力、文句なしである」との筒井康隆氏の力強い推薦コメント。異端の「天才棋士」をめぐる壮絶な人間ドラマを描くミステリだが、勝負の世界の厳しさと愛憎が混じり合うその展開は圧倒的で、将棋が好きかどうかに関わらずぐいぐい引き込まれる面白さだ。

 埼玉県天木山山中で発見された謎の白骨死体。遺体の胸元には高価な美術品と変わらない価値を持つ将棋の駒・初代「菊水月」が一緒に埋められていた。なぜ名駒が? 遺体は将棋関係者なのか? 7組しか現存しない菊水月の駒のありかを手がかりに、叩き上げの刑事・石破とかつてプロ棋士を志していた新米刑事・佐野が捜査を開始する。だが、菊水月の駒が作られた江戸後期からはあまりにも年月が経っており、思った以上に捜査は難航。とぎれそうになる歴史の細い糸をたどりながら、2人の刑事は名駒の行方を追い続ける。

 一方、物語は昭和46年の冬の諏訪を舞台に、元教師の唐沢とひとりの少年の出会いを描き出す。少年の名は上条桂介。母と死別し貧しさから毎朝新聞配達をこなす小3の桂介は、博打漬けの父親に虐待されていたが、ひょんなことから知り合った唐沢と週末に将棋を指すように。桂介の才能に可能性を感じた唐沢は奨励会(プロ棋士養成機関)入りをすすめたが、保護者である父の許しは得られなかった。

 その後も物語は捜査の進捗状況と桂介の成長が同時並行で進み、やがて「名駒・菊水月」の存在を通じてひとつの大きな流れとなる。上条桂介の元に渡った菊水月は、凄みのある真剣師(賭け将棋を専門とする棋士)・東明重慶と桂介を引き合わせ、紆余曲折を経て、のちにビジネス界の寵児となった桂介を再び将棋の世界へと誘う。一方、菊水月の行方を追う2人の刑事の捜査線上に現れたのは異端の天才棋士・上条桂介の名。果たして犯人は誰なのか? 一体、何が起きていたのか?

 ちなみにタイトルの「向日葵」は、桂介の大切な人が好きだった花だ。その人の面影をゴッホの描く「向日葵」の激しさの中に見た桂介は、その絵に心から惹き付けられ、やがて運命もろともその激しさに飲み込まれていく。待ち受ける壮絶なラストには言葉を失うことだろう。

 なお本作は将棋が全くの門外漢であっても、十分楽しめるのでご安心を(将棋エンタメが広く楽しめるのは『三月のライオン』で実証済みだろう)。飯島栄治七段の監修を受けたという対局の模様は緊張感が高く臨場感もたっぷり。まさに死闘というべき究極の人間ドラマの味わいは奥深い。実は柚月さんご自身は将棋がほとんどさせないとのことだが、だからこそ万人が楽しめる絶妙なツボが描けるのかもしれない。感情が大きく揺さぶられる極上のエンターテインメントだ。

文=荒井理恵