老舗の挑戦! 古くからの工芸が抱えるビジネス課題をヒントに、日本を元気にする

ビジネス

公開日:2018/6/14

『日本の工芸を元気にする!』(中川政七/東洋経済新報社)

「工芸」と聞いてどんなイメージを持つだろうか。中には、「敷居が高そう」「値段が高そう」といったイメージを持つ方もいるかもしれない。

 では、中川政七商店のカラフルな色柄の“ふきん”を見かけたことはないだろうか。元は蚊帳生地として使われていた素材から生まれたというこのふきんは、吸水性に優れ、赤ちゃんから大人まで安心して使える綿主体の素材で、いろいろなデザイン柄のものがあり、価格は手ごろ。自宅用にも、ちょっとしゃれた手土産にもぴったりなのだ。これは、蚊帳から形を変え、「工芸品」をより身近に感じてもらうための“入口”の商品として、全国各地のデパートや雑貨店、土産物店などで販売され、中川政七商店の看板商品のひとつとなっている。

『日本の工芸を元気にする!』(中川政七商店十三代・中川政七/東洋経済新報社)は、1716年創業の奈良晒(ざらし)の家業を若くして継いだ著者が、社内のマネジメントを見直し、自社製品のブランディングを行い、業界初のSPAシステム(Specialty store retailer of Private label Apparel企画~製造~小売までを一貫して行うビジネスモデル)を導入することで販路と売上を拡大し、陶芸品や呉服といった工芸業界全体の底上げのためにコンサルティングや展示会の主催を行うことで、自ら掲げる「日本の工芸を元気にする!」というビジョンの実現に向けたステップが書かれた1冊だ。

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■工芸だけではなく、広く通じる内容とは

 事業を進める上で、著者が心がけていることがある。

・ビジョンや理念を共有し、従業員のベクトルを合わせる。
・従業員にもコンサルティング先にも、「自分ゴト」として取り組んでもらう。
・失敗した時に後悔しないよう、できる限り自分たちの責任でやる。

 これらは、工芸という分野や業界に限った話ではなく、企業のマネジメントという点では他業種にも広く当てはめることができるだろう。ちなみに中川政七商店の「ビジョン」「ミッション」「ゴール」はこちらだ。

「ビジョン」
 日本の工芸を元気にする!

「ミッション」
 (1)中川政七商店が日本産地の一番星として輝く(ブランディング)
 (2)産地の一番星を数多く生み出す(経営コンサルティング)
 (3)一番星を起点に産地を「さんち」化する(産業革命+産業観光)

「ゴール」
 100年後に「工芸大国・日本」になる

 ミッション中の「さんち」という表現には以下の意味が込められているという。

・工芸品が製造される「産地」
・つくり手、使い手、伝え手の知恵と思いを表す「三知」
・買う、食べる、泊まるという土地の楽しみ方を表す「三地」
・親しい人の家にお邪魔して感じるような個性を感じられる「●●さんち」

 どうだろう。工芸に携わる一企業としての活動だけでなく、食や宿泊といった他業種も巻き込んで、業界全体、土地全体、ひいては日本を盛り上げていこう!という思いが伝わってくる。「中川政七商店は、次にどんな取り組みをするのだろう?」とワクワクするのは私だけではないはずだ。

■目の前の課題は、ビジョンを共有する人材の確保

 次の100年を見据えた取り組みにあたり、喫緊の課題は工芸に携わる人材の不足や後継者難だという。せっかく工芸に関心を持ってくれる人材がいても、修行という名目で十分な報酬が得られない場合があったり、そもそもどうすれば職人になれるのかという入り口がわからない人もいる。これに対する中川政七の対応は、まず知ってもらうために設けた、「さんち」ウェブサイト上での「各地の職人たちの仕事紹介」だ。ゆくゆくは求人先と就職希望者をマッチングできるようなサイトにしていくという。人材不足や後継者難に悩むのは工芸業界だけではないだろうし、この課題が解決できる取り組みに期待したい。

 本書は、中川政七商店という一企業の活動を通じて、「工芸」はもちろんのこと、マネジメントやマーケティング、ファミリービジネス、地方のあり方などについての事例とヒントが満載の1冊だ。読後にはさまざまな気づきが得られるだろう。本書のデザインや装丁も、奈良晒からスタートした中川政七商店らしいデザイン・手触りのものとなっており、手元に置いて触れてみたくなる1冊だ。ぜひ、あなたの目で確認してみてほしい。

文=水野さちえ