「悩みで胃が痛い」「大事なプレゼンの前にトイレに行きたくなる」…これらは腸と脳のつながりが関係していた!?

健康・美容

2018/7/26

『腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するか』(エムラン・メイヤー:著、高橋洋:訳/紀伊國屋書店)

 学校や仕事に行くときに乗り物に乗ると便意を催すとか、大事なプレゼンやスピーチをする直前で、必ずトイレに行きたくなる人は少なくないだろう。このように、脳で考えたことが体に影響するということは、反対に体で起きていることが脳に影響することもあるのではないか。つねづねそんなことを考えていたら、『腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するか』(エムラン・メイヤー:著、高橋洋:訳/紀伊國屋書店)という、まさに脳と腸の結びつきについて論じている本書と出逢った。

 胃腸病学者である著者は「以下の記述は食事の会話のネタにしないほうがよい」と述べながら、基本的な腸の働きについて解説している。食べ物が酸性度の高い濃塩酸に満たされた胃で細かな粒子に粉砕されると、次に受け取った小腸は胆嚢や膵臓が分泌する種々の消化酵素の助けを借りて、さらに分解し栄養素を吸収する。そして、大腸において水分の90%が吸収されてから、内容物は直腸に押し出され便意を催すことになる。これらの作業は、本書によると脳や脊髄からの指示は介在しておらず、腸が独自の判断で行なっているという。

 それを可能にしているのは、食道から直腸にいたる消化管壁を取り巻く約5000万個から1億の神経細胞で、本物の脳に比べれば小さいものの「第二の脳」とも呼ばれているそうだ。また各種センサーも備えており、口内の味覚レセプターや鼻腔の嗅覚レセプターもあるという。腸自身が匂いや味を感じ取ることで、各種のホルモンの分泌をコントロールしているのだ。さらに腸内には兆単位のマイクロバイオータ(微生物)が棲息していて、脳と腸とマイクロバイオータの三者の結びつきが健康の維持に大事であり、その連絡を最適化する方法が本書には記されている。

 著者自身が診察した症例では、8年にわたり嘔吐に悩まされている男性患者がいて、その母親がインターネットで独自に情報を検索して「周期性嘔吐症候群」ではないかと報告してきたという。インターネットでの検索ではトンデモ医学に行き当たることもあるが、発作の直前の兆候や受けてきた処置などを訊いてみたところ、母親の診断は正しかったという。「医療の訓練など受けたことのない」母親が正しく診断できたのに、これまで診察してきた多くの医師でさえ内臓反応についての知識が限られており、腸と脳の相関を見誤ってしまうことがあるらしい。

 他にも便秘の診察に訪れた45歳の女性患者の症例では、幼い頃から母親によって毎日のように浣腸をされていて、それが「絶対に浣腸をやめられないという強い信念を生んでいた」らしく、彼女は抑うつ状態にあったという。著者は、幼少期の浣腸が腸内微生物の正常な構成を妨げて、神経系のコミュニケーションの様態に影響したと考え、投薬と行動療法を併用することで、胃腸症状と共に精神症状も緩和させることに成功したそうだ。

 世間には食品添加物を過度に嫌う人がいて、たいていは毒物かのように指弾し、人工甘味料も槍玉に挙がる。しかし本書では、飲食物そのものに毒性があるといった論法ではなく、そこでの腸の働きという視点で論じており興味深い。人工甘味料を例にすれば、多量の糖分の摂取による体重増加や血糖値の危険な上昇を心配せずに済むものの、小腸のほうが糖分の欠乏を埋め合わせるためにマイクロバイオータを動員して代謝物を生成し、より多くのカロリーを結腸で引き出すので「カロリー摂取を控えようとする試みはうまくいかない」と論じている。

 こと勉強や記憶力の点では自分の脳の働きに自信の無い私ではあるが、健康のために「第二の脳」には頑張ってもらいたいものだ。だが、よく考えた食生活を送らなければとなると、やはり勉強のほうも怠れない。ああ、考えすぎるとお腹が痛くなりますな。

文=清水銀嶺