ラケット投げつけどころじゃない! 激しすぎる「プロテニス創生期」大坂なおみとセリーナの全米ファイナルの背景もわかる、究極のノンフィクション!

スポーツ

2018/9/14

『ボルグとマッケンロー テニスで世界を動かした男たち』(スティーヴン ティグナー:著、西山志緒:訳/ハーパーコリンズ・ジャパン)

 大坂なおみが全米オープンで優勝し、日本中が歓喜している。日本人による四大大会シングルス制覇は、男女通じても初めてのこと。そんな記念すべき快挙の一方、決勝戦の相手で四大大会23勝を誇る“女王” セリーナ・ウィリアムズが、主審に暴言を吐いたり、ラケットを壊したりしたことでペナルティを課され、受け入れがたいと後押ししたホームのファンが表彰式になってもブーイングした。大坂が涙をこぼした姿を見て、セリーナが観客に呼びかけると、ブーイングは一転して祝福ムードに変わったが、これに日本の多くの人からはセリーナとアメリカのファンに批判が集中した。

 ここに全米オープンの歴史と背景が深く交錯していたことを知る人はあまりいない。全米オープンはテニス史上、グランドスラムと呼ばれる四大大会のなかでも、オープン化の象徴となった場所。それまで「紳士のスポーツ」と呼ばれ、上流階級の“遊び”だったテニスが、アメリカで“仕事”として庶民に広く開かれるようになった背景がある。70年代に経済が破綻したニューヨークでは、復興の象徴にもなった。鬱憤を抱える労働者階級の人々が声をあげ、エネルギーを爆発させた場所だった。

 なぜ、セリーナは激高したのか、ファンはブーイングをやめなかったのか。『ボルグとマッケンロー テニスで世界を動かした男たち』(スティーヴン ティグナー:著、西山志緒:訳/ハーパーコリンズ・ジャパン)を読むと、孤高のトップ選手の繊細さ脆さ、観客が抱く感情が生み出すうねりが見えてくる。

 同書の主人公は、タイトルの通り“氷の男”と呼ばれたビヨン・ボルグと“悪童”で知られたジョン・マッケンロー。1967年にテニスが本格的にプロ化して以来、1970年代に訪れた空前のテニスブームを牽引した2人を軸に、毒々しいまでに反抗的で輝いていた他のトップ選手たちと、激動の「プロテニス史のはじまり」が描かれている。

 かつて、テニスでお金を稼ぐことなど卑しいと考えられた、英国主導の排他的アマチュアテニスは、アメリカ主導によって庶民もが広く愛するスポーツへと急成長を遂げた。だが、その過渡期、紳士のテニスにこだわる「頑固なオールド・ゴート(意地悪じいさん)」対オープン化で凌ぎを削る若きアスリートたちの対立は激化した。選手はファンとも激しく口論したが、同時にアメリカのファンは勝負に徹する血気盛んな若者を、時代が求めていた「新しいカリスマ」として熱烈に応援もしていた。

■主審、線審、ファンへの暴言が日常だった時代

 現在のようにビデオ判定がなかった時代だ。当時のウインブルドンでは退役軍人といった国からリスペクトを集める年配者がボランティアで審判を務めたが、若い選手たちにとっては関係のないこと。プロとして試合に出場する以上、誤審は勝敗つまり収入にかかわる。おかしいと思ったコールには異を唱え、主審や線審に食って掛かった。

 暴言も今とは比べものにならない。Fワードはじめ、「クソ野郎」「人間失格」など聞くに耐え難いものも日常だった。侮辱された主審や大会主催者が、暴言を吐いた選手の出場資格を取り消して退場を命じることもあったが、熱狂的な場内のファンが「いまにも暴動を起こす勢いだった」ため、その選手の退場を取り消して、代わりに審判を退場させるといった決断を下すこともあったほどだ。

 そうした騒動の主役になる最大のスター選手が、マッケンローだった。実は、“悪童”マッケンローは、父親はニューヨークの弁護士という裕福な家庭の出身。上流の英才教育を受け、テニス環境にも恵まれていた。彼が“暴れる”のは、コート上のみ。「どんなところからも完璧なショットを返す」と実力を発揮したマッケンローは、テニスに対して完璧主義だったために、そうした言動に至ったという。

 同書によると、育ちのいいマッケンローも、悪童ぶりを披露した後は決まって、父に「もう二度とあんなことしないと約束するよ」と語っていたという。父は息子の無作法を許さないものの、「息子はああせざるを得なかったんだ」と釈明している。

 一方、コートで感情を微塵も出さなかったのが、ボルグだ。スウェーデンから来た孤独な天才は、ただひたすらにベースラインで、「相手よりも常に一球多く打ち返す」ことに徹し、四大大会で優勝を重ねた。金髪をなびかせ、女の子たちからの黄色い声援を一身に浴びた美しい青年は、労働者階級が暮らす工業地帯で育ち、父が卓球大会の優勝賞品に持ち帰ったというラケットで、幼い頃、ガレージの壁を相手に淡々と技術を磨きあげたという。

 どこまでも対極的な2人によって行われた1980年のウインブルドン男子決勝戦は、当時のあらゆるドラマが凝縮した激闘となり、いまも長く語り継がれている。そして、ついに『ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男』と、映画化もされた。この激闘後、2人の人生は大きく変わっていく――。

 松岡修造氏は、「いまのテニスが創られた歴史や当時の選手たちについて改めて知るいいきっかけになった」と振り返り、今のトップ選手にも読んでもらいたいとエールを贈りつつ、「きっとこの本を通して、錦織圭がいま抱えているであろう葛藤、苦しみ、孤独も読み取ってもらえるはずだ」とコメントを寄せている。今回、女王セリーナがああいった行動に出た理由も見えてくるだろう。

 同書は、テニスが好きな人はもちろん、大坂なおみの全米オープン優勝劇を深く理解したい人、錦織選手らトップ選手が背負ってきたものの一片を感じ取りたい人、そして、スポーツや歴史や人間ドラマが好きという多くの人が愉しむことができる、究極のノンフィクションだ。

文=松山ようこ