DVで傷を負ったシングルマザーがスカイツリーのふもとで食堂を開店。女性セブンで人気を博した連載マンガ

マンガ

更新日:2018/11/12

『しあわせのひなた食堂』(魚乃目三太/小学館)

 ランチで入った食堂のメニューに日替わり定食があると、ついつい頼むという人は多いのではないでしょうか。日替わり定食は、その日のイチオシであることが多く、メニュー選びに頭を悩ませる手間も省けます。本稿で紹介する『しあわせのひなた食堂』(魚乃目三太/小学館)は、下町の小さな食堂の日替わり定食とともに、家族のしあわせの形が描かれた作品です。

■おいしいみそ汁は、どうやって作ればいい?

 マンガで描かれる舞台は、東京都墨田区の、曳舟(ひきふね)にある“ひなた食堂”。東京スカイツリーを擁する墨田区は、街の再開発が急速に進みつつありますが、主人公が暮らす曳舟はまだまだ昔ながらの商店街や木造家屋を残す、下町情緒あふれるエリアです。

 食堂を営む照子は、2人の小さな子どもを育てるシングルマザー。もとは関西人ですが、大阪で夫からのDVに苦しんだ結果、子どもたちを引き連れて家を飛び出し、上京します。そしてたどり着いた曳舟で古い居抜き物件にめぐり会い、ワンオペの食堂をオープンさせました。

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 メニューは、日替わり定食の一本勝負。照子が心をこめて丁寧に作る、肉じゃがやハンバーグといったその日ごとの定食は、下町の住民たちに受け入れられ、お店は少しずつ繁盛していきます。

 そんなある日、ひとりの母親が、「この食堂の、みそ汁の作り方を教えてほしい」と、食堂を訪ねて来ました。聞けば、彼女は料理に苦手意識を持ち、自分を味オンチだと思っている様子。そんな彼女の娘が、「この食堂のみそ汁はおいしい」と言っていたのが気になり、“お袋の味”となる、みそ汁のレシピを知りたくてやって来た…というわけです。

 話を聞いた照子は、早速みそ汁作りを実演し始めます。そのレシピは、煮干しで出汁をとり、具材と味噌を入れたら、最後に●●●●のすりおろし(ぜひ本書内でご確認を!)を入れてとろみを出すという、シンプルながらも、ひと手間かかったものでした。

 その母親は帰宅後、教わったみそ汁を早速娘にふるまいます。きっと喜ばれるかと思いきや、娘の反応は違いました。
「おいしいけど、いつものママの味じゃない。他のママの味をまねしないでほしい。私はママの味が好きなの!」
と言うのです。よそのおいしいみそ汁に頼らずとも、母親は既に自分の“お袋の味”を持っていたのでした。

■家族のしあわせの形はさまざま

 本書ではこの他にも、カレーライスやおでんといった、普段家庭で出てくるような身近なメニューが、懐かしさを感じさせるタッチで描かれた登場人物たちとともに登場します。写実的にしっかりと描き込まれた定食は、全ページがモノクロなのにもかかわらず、とても鮮やかに目に映り、色やにおいまで感じられそうです。読むと食欲が刺激され、近くの食堂に駆け込みたくなるかもしれません。読後に自分で料理がしたくなった人には、巻末でレシピが紹介されているのも心強いでしょう。

 本作は、照子たち家族の成長や変化も、大きな読みどころです。夫のDVで心に傷を負い、話すことができなくなってしまった息子をはじめ、見知らぬ土地で食堂をオープンした当初の照子たちは、不安の方がずっと大きかったに違いありません。その頃の照子たちは何かにつけ、涙を流します。しかしそこから、下町の人情に触れながら食堂とともに成長し、息子も徐々に言葉を取り戻していくのです。

 ストーリーの終盤では、悲しみや不安からくる涙がやっと乾き、文字通りの“ひなた食堂”で生き生きと過ごす照子たちのもとに、居場所を突き止めたDV夫が復縁を迫りにやって来ます…。そこで照子がとった行動は? 本書のページをめくっていくと、おいしそうな定食だけではなく、家族のしあわせの形や人生の陰影について思い浮かべるなど、いろいろなにおいが立ち上ってきそうです。

文=水野さちえ