「孝行のしたい時分に親はなし」──後悔しない「親の介護」とは?

暮らし

2018/12/26

『親の介護、10年め日記。』(堀田あきお&かよ/ぶんか社)

 私事で恐縮だが、2018年に入ってすぐ、母親が亡くなった。東京に出てからというもの、ロクに帰省もせず親不幸ばかりの身としては後悔しかないが、それでも死に水を取ることができたのは、母親の最期の情けだったのかもしれない。長い間、介護に明け暮れた父や兄の苦労は、遠方を理由に連絡すら疎かだった私には理解できないだろう。それでも『親の介護、10年め日記。』(堀田あきお&かよ/ぶんか社)を手に取ったのは、多少なりとも彼らの苦労を知っておきたいと思ったからだ。

 本書は大腿骨を骨折して歩けなくなったカヨ氏の母親・トシ子氏を介護する家族の姿を描いた物語である。寝たきりで認知症もある母親に対して自宅介護の限界を感じたカヨ氏は、デイサービスを利用している施設のケアマネージャー(以後ケアマネ)に老人ホームへの入居を相談することに。ケアマネは「特別養護老人ホーム(特養)があるにはあるが、介護度3以上でないと入れない」と説明。さらに介護度をクリアしても、300人以上が入居待ち状態であることを聞かされ愕然とするカヨ氏。「人生の最期まで少ないイスを大勢で奪い合わないといけない」のである。保育園から受験に就職、そしてホーム入居──一生争い続けなければならない日本はカヨ氏のいうように「貧しい国」なのかもしれない。

 他の問題として「家族の非協力」も挙げられる。カヨ氏の父親、つまりトシ子氏の夫であるが、彼はトシ子氏の介護に非協力的で、家のバリアフリーもなされなかった。さらに蓄えてあった2000万円も、なんとタクシーに毎日、目的なく乗って帰るという奇行によってほとんど使い果たしてしまったのだ。カヨ氏とアキオ氏の夫婦は苦労して残りのお金を守ったが、貯蓄をホーム入居資金のアテにしていただけにショックは大きかっただろう。自宅介護に関していえば、バリアフリー導入は重要だ。我が家の場合も歩行の不自由な母のために、各所に手すりを設けたり段差を極力なくしたりするなどのリフォームが行なわれている。当然のことながら、家族の理解と協力なくして介護がうまくいくことはないのだ。

 そして母親が緊急入院することになり、カヨ氏ら夫婦は医者から「延命治療」について訊ねられる。これは人工呼吸や点滴による栄養投与で肉体を生かすために行なわれる治療のこと。即断で「拒否」の意思を示したカヨ氏だったが、その後「本当に拒否してよかったのか」と苦悩する。これに関しては永遠に答えは出ないだろう。「生かされているのを見るのは辛い」という思いと「それでも生きていてほしい」という気持ちは、どちらも正しいからだ。だからこそ親の意思を事前に知っておくことは、その判断の手助けになるはずであり重要だと思える。

 さまざまな出来事の末、カヨ氏の母親は「特養」に入所することができた。現在のところ健在であるというのは、喜ばしいことである。それでもやはり、人は老いてその寿命を終える。そして順当にいけば、子供より先に親が亡くなるのだ。「孝行のしたい時分に親はなし」とはよくいわれるが、これは現実が身に降りかかって初めて痛感する。心のどこかに「ウチの親は大丈夫」などという根拠のない思い込みが私にはあったのだ。だから「顔を見せるだけでいい」と親がいうなら、そうしようと思う。少なくとも母親の法要には顔を出し、家族それぞれの無事を確認することは果たしていきたい。

文=木谷誠