「ヘイト」はどのようにして生まれるのか——表現による差別の歴史とは?

社会

2018/12/26

『HATE! 真実の敵は憎悪である』(松田行正/左右社)

 グラフィックデザイナーの松田行正さんによる『HATE! 真実の敵は憎悪である』(左右社)は、19世紀から20世紀にかけて欧米で描かれてきた、表現による他民族への差別の歴史をまとめている。

 同書は1章「ブラック」、2章「イエロー」、3章「ユダヤ」の、3つの章に分けられている。これまでに発表された広告やプロパガンダなどを通して、この3つに該当する人たちが表現の世界において、どのような差別に晒されてきたかについて紹介している1冊だ。

 黒人を「まだサルの段階だ。人種的に決して平等ではない」と、サルと並べたもの(極右の白人至上主義団体NSRPが1959年に発行した、プロパガンダパンフレット)、ユダヤ人をネズミに見立て「ラットを駆除しろ」(ナチスによるデンマーク語のポスター)といった、ストレートかつ根拠のない差別表現も多数掲載されている。しかしここまで直接的な表現以上に、恐ろしいものが同書では紹介されている。それは、なぜ差別なのかが、一見しただけではわからないものだ。

 わからない差別が一番よくわかる例が、同書で紹介されている「ブラックレター体」と呼ばれる文字フォントだ。同書によると、もともとのブラックレター体はドイツで生まれたフォントのひとつに過ぎず、19世紀以降はあまり使われていなかったという。しかし20世紀初頭にルドルフ・コッホというドイツ人デザイナーが、近代的なアレンジを加えたことで人気が復活。ヒトラーも「ドイツの伝統的な書体をより洗練させた」ことで気に入り、『我が闘争』のタイトル文字に使ったというのだ。そしてコッホ版ブラックレター体はナチスの公用書体となり、ドイツのユダヤ人や非ユダヤ人に向けた、商店のボイコットなどの命令書や告発文にも使われるようになったという。

 しかし、コッホが元ネタにした古い書体がユダヤ人に由来するという説が出てきたことで、ブラックレター体は1941年以降、全面的に使用禁止になる。こんな冗談のような末路を迎えるまでは、ユダヤ人にとってこの字体はトラウマで恐怖のしるしだったと松田さんはいう。

 ただの文字フォントに過ぎなくても、使用意図次第で相手に恐怖を与えうるのだということを思い知らされた。そのことを考えたら「表現の自由」や「自由に発言・発信する権利」というものにも、他者や他民族を貶め、不快にさせないという、一定のルールがあることがわかるだろう。

 イエローの章では日本人が戦時中、アメリカ国内で大いに差別されてきた事例がいくつも紹介されている。七十数年前までの日本は、激しい差別を受ける側だったというのだ。だが、最近の日本ではそんな痛みすら忘れたかのように、表現の自由がまるで人権よりも大事なもののように語られることがあるように思われる。

 黒人はサルではないし、ユダヤ人はネズミではないように、憎悪表現には根拠はない。しかし一部の為政者はそれをフェイクと知りながらも、時に人々を統治するために積極的に発信する。その結果、歴史上で何が起きたか。憎悪表現が戦争や民族紛争、虐殺と切っても切れない関係にあることを、まさにこの本は証明している。

古代ギリシャの詩人アイスキュロスは、「戦争の最初の被害者は真実である」と言ったとされる。

 この「醜い表現図鑑」は、真実をねじ曲げた憎悪表現を「表現の自由」として受け入れてはいけないことを教えてくれる。400ページ弱あるが、「ポリコレ」「ディアスポラ」などなじみのない単語が多用される反差別本とは違い、平易な言葉でまとめられているため、反差別の入門書としての機能も果たす。誹謗・中傷を含むフェイクニュースが蔓延する今、憎悪表現に惑わされないために誰もが読んでおくべきだと、強く断言したい。

文=碓氷連太郎