男性社会で生きづらい女性たちが、「応援する」ことで立ち上がる! マラソンがテーマの痛快小説『負けるな、届け!』

文芸・カルチャー

2019/4/7

『負けるな、届け!』(こかじさら/双葉社)

 他人のことを「応援する」という行為は、とても難しいものだと思う。多かれ少なかれ、誰もががむしゃらに生きている現代、周囲のスピードに振り落とされないようにしがみついていると、その分、心に余裕がなくなる。自分のことだけでも精一杯なのに、他の人のことを応援するなんて、とてもじゃないけどできない。そんな本音を抱いている人は、ぼくだけじゃないはずだ。

 けれど、『負けるな、届け!』(こかじさら/双葉社)を読んだとき、その解釈が間違っていたことに気付かされた。

 本作は「マラソン」をテーマにした青春小説だ。とはいえ、登場するのは10代の若者たちではなく、アラフィフでリストラされた〈かすみ〉、専業主婦としての日々に悶々としている〈あかり〉、社内で「客寄せパンダ」として扱われている〈千秋〉など、いずれも「青春」という言葉から想起される人物像からは程遠いようなキャラクターたち。けれど、ここで描かれているのは、間違いなく彼女たちのキラキラとした青春である。

 ある日、突然クビを宣告された主人公・かすみは、「30代以上、未婚、子ナシ」の状況を振り返り、「負け犬」のようだと自嘲する。そこに「職ナシ」も加わってしまい、もはやプライドはズタズタ。けれど、そんな彼女が浮上するきっかけとなったのが、友人の出場する東京マラソンでのこと。懸命に走るランナーたちの姿、そして彼らを応援する観客たち。はじめこそ「マラソンなんてなにが面白いのだろう」と訝しんでいた〈かすみ〉も、気がつけば声の限り声援を送っていた。

 そして気がつくのである。「誰かを応援することは、自分自身を応援するということだ」と。

 それは、その相手に自分自身を投影することでもある。汗だくになりながらコースを走るランナーたち。その姿は、まさに人生をひたむきに走っているぼくら自身だ。彼らに向けて放たれた「がんばれ!」「諦めるな!」という声は、そのままぼくらの背中を押すことになる。そう、〈かすみ〉のように。

〈あかり〉や〈千秋〉もまた、応援を通じて、自身の生き方を見つめ直すことになる。そして、飽き飽きとした日々のなかに、小さな希望を見出すのだ。

 本作では、現代における女性の悩みも明確に描かれている。シングルで生きるということ、セクハラ・パワハラ、主婦としての生きがい、子どもが巣立った後の人生。彼女たちは人生というマラソンコースにおいて、何度も躓きそうになる。しかし、そのたび、立ち上がる。誰かを応援することによって、自分自身を応援しながら。

 痛快だったのは、ラストで描かれるエピソード。新しい人生を見つけた〈かすみ〉たちが、マラソン大会で因縁のある人物に出会ったときのことだ。その人物は〈かすみ〉をリストラに追い込んだ張本人であり、〈あかり〉や〈千秋〉のことも苦しめてきた。けれど、そこで彼女たちがとった行動に、読者は驚かされ、涙が滲むだろう。

 長い人生のなかで、挫けそうになる瞬間は何度も訪れる。でも、そんなときは本作を読み直したい。〈かすみ〉たちを応援しながら、自分自身を応援するために。

文=五十嵐 大