もう、山には入れない!? 山の怪談がマンガになるとさらに怖い!

マンガ

更新日:2019/5/22

『山怪談(HONKOWAコミックス)』(安曇潤平、伊藤潤二、伊藤三巳華、今井大輔、猪川朱美、吉富昭仁/朝日新聞出版

 幼少の頃、父の仕事の関係で庭から山が一望できる環境で育った。父と山歩きしながら、山菜など植物の名前と効能を教わったのは今でも役立っている。だが、印象深いのは妙に首塚が多い地域だったことだ。父は首塚の特徴やいわくつきの場所にも詳しかった。そんな知識があるせいか、山はどこか怖い。幼少期の体験から山に関する不可解な話には興味がある筆者だが、『山怪談(HONKOWAコミックス)』(安曇潤平、伊藤潤二、伊藤三巳華、今井大輔、猪川朱美、吉富昭仁/朝日新聞出版)は漫画であるという点でさらに怖さを感じる。

 山が本当に怖いと感じるようになったのは実は大人になってからだ。車である地域を走っていると、どういうわけか誘導されてしまう山がある。ナビで別の場所を設定しても誘導されてしまうのだ。日中でも空を覆うほどの木々で暗く気味が悪いというのに、夜間に誘導されたときはヘッドライトしか灯りがない闇。やっと携帯が繋がった知人と連絡を取り合いながら必死で一般道に出てきたが、ネットで偶然同じような体験談を読む機会があり、ゾッとした。その人は車を停めて降りたらしいのだが、得体の知れないものに出くわし、一心不乱に車を走らせて逃げたそうだ。

『山怪談』は、登山家でありホラー作家でもある安曇潤平氏による原作を漫画にしたもの。いろいろな山の怪異を読み漁っている筆者が知っているエピソードに近い作品もある。個人的に活字だけで怖いと感じていたストーリーは、夜間にテントを外から押してくる「何者」かに遭遇したという内容だ。仲間がいるということもなく、まったくの1人の状態でこのような体験をしたら、絶対冷静ではいられない。活字で想像するだけでも怖い話だが、『山怪談』は絵で表現されているからさらに怖さを増す。

 同じく、1人で野営したときに遭遇した「複数の男たち」の会話もゾッとする話だ。初めは、釣りで訪れた人たちの世間話だろうと耳を傾けてしまうが、そのうち妙なことに気づいていく。男たちが話すそれぞれの体験談は、皆亡くなったときのもの。全員この世の者ではなかったと知った瞬間、男たちに自分の存在を気づかれてしまう。

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 筆者も、山ではないが、複数のおばあさんらしき会話を数回聞いた経験がある。非常に楽しそうで「ああ、誰かいるんだなあ」と、人がいる安心感もあり、自然に聞き入ってしまう。しかし、突然妙なことに気づくのだ。その瞬間の怖さは身をもって知っている。

『山怪談』は、怪異というより心霊的なストーリーが中心だ。山で命を落とした人の話が数多く登場する。ゾッとする話もあれば、泣けてしまうもの、心が温かくなるものもある。登山中にはぐれた後輩を探して何年もさまよっている先輩が、後輩が無事だったことを知り成仏するというストーリーがそのひとつだ。

 最後に収録されているストーリーもよい。電車の中で思いがけず隣席になった大学生から聞いた黒百合の群生地を訪れたカメラマンが見つけたものとは、一体なんだったのか? そして、その後カメラマンが毎年その地を訪れるようになる理由をぜひ読んでほしい。

 山には、自然が溢れている。筆者が育った地域の山も豊かだ。花に山菜、薬草、川魚、山栗にキノコと、多くのものを与えてくれるが、ときとして命を奪う恐ろしさもはらんでいる。そして、立ち入ってはいけない場所もある。本書に登場する、鏡が置かれたある場所もそのひとつではなかろうか? 『山怪談』に書かれているようなストーリーは、さまざまな場所で耳にすることも多い。仕事で山に関わっている人や趣味で山に入る人であれば注意していることは何かしらあるものだ。

 心霊的なものでも、何かしら曰くのついたものでも、中には面白がって体験しに行く人もいるだろう。しかし、筆者が子どもの頃父に教わった首塚のように、そっとしておかねばならない場所もある。山に入ってはいけない時期や時間もある。それには意味があることを忘れてはならない。

文=いしい