50代のおっさんデザイナー渋井直人の姿に、ほのぼのするのか、エグられるのか?

マンガ・アニメ

2019/8/20

『(続)デザイナー 渋井直人の休日』(渋谷直角/文藝春秋)

 渋谷直角作品といえば、人間のイヤ~な部分がリアリティーたっぷりで描かれていることで知られている。過去作の『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』や『奥田民生になりたいボーイ 出会う男すべて狂わせるガール』では、読者の持つ自意識をこれでもかというくらい刺激した。意識高い系・承認欲求・マウンティング・自己陶酔、そういうもののすべてが詰まっている。その読後感は、基本的には悪い。読後感が悪くて、最高なのだ。自らを省みながらも、同時に周囲にいるいけ好かないあいつやこいつをボコボコに殴ってくれるからである。

『デザイナー 渋井直人の休日』の続編となる『(続)デザイナー 渋井直人の休日』(文藝春秋)が8月7日に発売された(電子版は7月発売)。前作は2019年1月クールでドラマ化もされている。50代のおしゃれデザイナーの日常を描いたマンガということで、『カフェ~』『奥田民生~』を読んだときと同様、少し身構えながらページをめくった。今度はどんな形で自意識をぶちのめしてくるのか。

 結果、過去の渋谷直角作品とは少し違った印象を受けた。なんというか、思っていた以上にほのぼのとしているのだ。これは……言うなれば「おっさん版ちびまる子ちゃん」なんじゃないか。各話で主人公の渋井直人が仕事をしたり恋をしたりと奮闘するのだが、肝心なところでうまくいかない。たいてい「トホホ」で終わる。

■『ちびまる子ちゃん』的ほのぼの物語?

 例えば、第17話(Layer17 She Don’t Have To Know)のエピソードなんかは、そのまま『ちびまる子ちゃん』及びさくらももこのエッセイに出てきても違和感がない。北海道で喫茶店をやっている女のコから、お店のロゴデザインをしたお礼に北海道の魚や野菜がどっさりと届く。「送ってくれたコは…本当に僕のデザインを喜んでくれたんだなと思ってさ…。(中略)僕らのためにこんなスゴイモノを送ってくれて…」と渋井直人はぐすぐすと涙ぐむ。お礼に「ちょっとしたモノ」を贈ってあげよう、とデザイン事務所のみんなで盛り上げるわけだが、北海道は牛乳も野菜も果物も魚もレベルが高い。ゆえにお菓子をはじめとしたほとんどの加工品もおいしくなる。東京から北海道へ、わざわざ贈るほどのものは果たしてあるのか……。「ちょっとしたモノ」って……何だ? と渋井直人は額に縦線を入れ、頭を抱える。そんな渋井に、デザイン事務所のメンバーが「北海道まで行ったらどうですか? 直接顔出してお礼言って…(中略)それが一番喜ばれる」と言われ、パァァ……ッと晴れやかな顔になるところもまた、『ちびまる子ちゃん』っぽい。自意識をエグられるどころか、非常に心温まる読後感だったのだ。

 ただ、これは私が渋井直人とは属性がまるで異なるからなのではないかとも思う。「おしゃれ街道を歩んできた50代のおじさんデザイナー」とは年代も性別も趣味嗜好も何ひとつかすっていない。思いっきり他人事として、「トホホときどきほっこり」のエンタメとして読めてしまうのだ。

 著者の「渋谷直角」と主人公「渋井直人」の名前が似ているように、これは渋谷直角自身をモデルにした作品だそうだ。と、いっても、実際の渋谷直角ではなく、「もしも自分が“センス売り”をしていたら」を描いた「妄想スケッチ集」のようなものだとWebのインタビューで答えていた。渋谷直角氏は、かつてマガジンハウス『relax』のライターだった。おしゃれ雑誌である『relax』で仕事をしていれば、おのずと周囲はおしゃれ人間だらけになる。そのままおしゃれ街道を突き進み、「センス売り」をしていたら、デザイナー・渋井直人のような失敗をしていただろう、という内容を妄想し、マンガにしているわけだ。

 ざっと検索して様々な感想を見ていくと、やはり「ぞわぞわする」「恥ずかしい」「痛々しい」「グサグサとエグられる」と言っている人がそれなりにいた。たぶん、渋井直人が若い女のコの前でカッコつけようとして大事なところでキメられなくて……という姿や、おじさんになってしまったがゆえに恋愛に臆病になる様子に、共感しつつもエグられているのだろう。「一歩間違えれば自分の姿だ」と。

 そういえば先日、知人男性(35歳)が「この歳になると“キモイオッサン”と思われるのが怖くて、グイグイいけなくなってしまった」と弱音を吐いていた。果たして35歳が「オッサン」なのかどうかはともかく、20代の頃のようにはいかなくなったらしい。ふーん、とそのときは聞き流してしまったが、『(続)デザイナー 渋井直人の休日』を読みながら、私はその言葉を思い出していた。渋井直人も作中で、「余計なことを考えてしまう(中略)若いころは何も考えず勢いでぶつかれるけど…」と思い悩んだり、自らの行動に「キモイ? キモイかなあ!?」としばしば不安になったりしているのだ。

 私は『(続)デザイナー 渋井直人の休日』を、ちびまる子ちゃん的ほのぼの物語という、完全なる他人事として読んだ。けれど、“当事者”として読める男性にとってはたぶん、おじさんとしてどう生きていくかを問われる「おじさんトホホ奮闘記」になる。そこにはもちろん、渋谷直角作品名物である「エグられる心地よさ」もあることだろう。

文=朝井麻由美