手袋なしでは他人のものに触れられない美少女と謎多き殺し屋の少年が出会い…想像の斜め上を行く狂気に満ちたボーイミーツガール物語

マンガ

更新日:2019/9/7

『この恋はこれ以上綺麗にならない。』(舞城王太郎:原作、百々瀬新:漫画/集英社)

「汚いものに触れたくない」それはほとんど誰しもが自然と抱く感情だろう。不潔な人を見るとつい顔をしかめてしまう。駅のトイレが汚いとゾッとする。プールの脱衣所に落ちた髪の毛を踏むと鳥肌が立つ。しかし、それを見たときに「綺麗にしなくては!」と強迫観念を抱くとなると別である。

「少年ジャンプ+」で連載中の漫画『この恋はこれ以上綺麗にならない。』(舞城王太郎:原作、百々瀬新:漫画/集英社)は、異様なほどに不潔を恨む主人公・漆原杵真(うるしばら・きねま)がとある少年に恋に落ちることで始まる物語である。

 杵真は、1日に何十回も手を洗い、お風呂に2時間近く入り、手袋なしでは他人のものに触れられないほど神経質で、クラスメイトだけではなく、親にも触れることができない。当の本人は「綺麗好き」だと思っているが、他人からは「潔癖症」と呼ばれ、医者からは「脅圧性障害」という病名までもらってしまう。

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 しかし、彼女は筋金入りの「綺麗好き」だ。医師からの、「その苦痛をある程度取り除くこともできるけどどうしたい?」という言葉に、「私が触るものが綺麗かどうかが気にならなくなるとして でもそれが綺麗になるわけじゃないんですよね?」「それが楽になって汚れるより 大変でも綺麗な方がいいんです」と笑顔で言い放ち病室を出て行ってしまう。

「ずっとそのままだったら男の子とチューできないよ?」という母のセリフに、杵真は「恋愛とか 私にはちょっと不潔かな」と取り合わない。どこまでも我が道を行く少女なのだ。

 他人に対してつっけんどんで、余計なことも言ってしまう、おまけに顔が可愛い彼女は、クラスメイトの女子からも反感を買う。ある日、女子グループと喧嘩になった彼女は、キレてしまったひとりの少女にボコボコにされた挙句、近くのゴミ屋敷に放り込まれてしまう。

 変な臭いのするゴミだらけの部屋、彼女は顔に湿疹をつくりながらパニックになる。過呼吸のようになりながら、この不潔さから逃れる方法を考えるが、脳みそが蒸発しそうになる。そして、とあることに気づく。今ここで諦めたら「ここも私も汚いままで許す」ということであり、「それは出来ん!!」と気を取り戻すのである。

 身体がボロボロになりながらも「この世界はキレイであってほしいのだ」と部屋を掃除する彼女の姿は、もはや「潔癖症」とはまた違う次元にいっているように感じる。その上、部屋を掃除して行く中で、カンパニュラという美しい少年と出会い、彼が殺した家主の死体処理までやりたいと言い出す。

 カンパニュラは謎多き少年で、どのような環境で生まれ育ったのか、それは2巻から少しずつ解き明かされて行く。唯一わかるのは、彼が殺し屋であり、おそらくこれからも人を殺しつづける、ということだけだ。

 そして、「自分の命よりもキレイが大事」だと気づき、カンパニュラに心を奪われた杵真は、彼の相棒として「お掃除役」になると申し出るのであった。

 汚いものをキレイにしたい、その強烈な欲求に突き動かされるように生きる彼女は、大変そうではあるが、ある意味、それ以上に楽な生き方もないのだろう、と思う。果たして彼女が「おかしい」のか、汚いものに気づかない私たちが「おかしい」のか、作品を読んでいるとよくわからなくなってくる。

 たとえそれが死体だって、目に入るものは全てキレイにしたい少女と、人を殺すことが当然の世界で生きてきた少年。平和ボケとは程遠いふたりが出会い、積み重ねて行く奇妙な日々は、常に読者の想像の斜め上を行く。初めて恋を知った杵真の行く末が、彼女にとってキレイなものでありますように、と願いながら続きを待っている。

文=園田菜々