行くあてがないならうちへ来い。余命3年の社長が元受刑者を家族のように雇用し続ける理由

社会

公開日:2019/9/11

『余命3年 社長の夢』(小澤輝真/あさ出版)

 刑務所で服役を終えた元受刑者を積極的に雇用する会社が北海道にある。北洋建設株式会社だ。その代表取締役の小澤輝真社長が『余命3年 社長の夢』(あさ出版)という本を出した。

人生でいちばん大事なものは自分だ。
自分を大切にするから、自分をあきらめない。
人のこともあきらめない。
人は変わる。そういう人たちをこれまで何度となく見てきた。
だから、入社早々いなくなる人がいても、元受刑者を受け入れ続ける。

 本書には胸を打たれる言葉がいくつもある。余命わずか3年の社長が掲げる夢を、その生き方を、少しだけご紹介したい。

■人は仕事さえあれば再犯しない

 小澤さんは、2012年に「脊髄小脳変性症」という難病を患った。これは小脳などの神経細胞が少しずつ萎縮していく進行性の病気。言語や運動の機能に障害が起き、やがて肺機能も低下、最後は呼吸が止まるそうだ。

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 2012年に主治医から余命10年と診断され、それから7年が経った。計算上では、残り3年。今では車いす生活を強いられ、自力で車いすを押すこともできない。スマートフォンの操作さえ難しくなってきた。しかし大脳の機能はクリアに残されている。だから小澤さんは今日も困難の多い体で働く。やるべきことがあるからだ。北洋建設の社長として、元受刑者たちの居場所をつくらなければならない。

 日本では前科がつくだけで、途端に人生の選択肢が狭くなる。当たり前と言えば、当たり前。人の道を踏み外したのだから、世間の風当たりが厳しくなるのは当然だ。

 けれども罪を償うために服役したのに、「出所後はまっとうに生きよう」と決意したのに、働くところも、住む場所も、食べ物も見つからず、生活に困ったら元受刑者はどんな行動に出るだろう?

 小澤さんは本書で犯罪白書のデータを使い、こう述べている。「お金も住むところもない状態では、早々に生活に行き詰ってしまう。困窮した彼らは再び犯罪に手を染めやすくなる」。元受刑者の再犯には構造的な問題がある。だから小澤さんは本書で何度も繰り返す。

人は仕事さえあれば再犯しない。

 でも、なぜ小澤さんは元受刑者を積極的に雇用するのだろうか? 北洋建設の過去に、その答えがあった。

■北洋建設に大恩を感じる元受刑者の社員たち

 北洋建設は、小澤さんの父親が興した会社だ。当時は高度経済成長期で、会社としては人手が欲しかった。そこで父親が目を付けたのが、近所にあった札幌刑務所。

「どこか行くあてはあるのか? ないならうちへ来い」

 こう言って、刑期を終えた元受刑者をどんどん引っ張ってきたそうだ。けれども決して彼らを使い潰すわけじゃなく、元受刑者を家族のようにあつかった。父親は彼らが住むための寮を建設し、母親は彼らのために毎朝4時から朝食を用意し、昼食の弁当を持たせた。元受刑者たちは、本当の家族のように接してくれる両親に、大変な恩義を持った。そしてその光景を、息子である小澤さんは小さい頃から見て育った。

 一時は大きく成長した北洋建設だったが、いつまでも好調は続かなかった。父親が亡くなったとき、会社の負債1億円が発覚。そのタイミングで小澤さんが会社を継ぐことになった。母親と二人三脚で会社を盛り返そうとするが、厳しい状況が続いた。そして決定的だったのが、当時の役員が起こした横領。その額1700万円。もう会社をたたむしかないと諦めたそうだ。

 そのことを従業員に伝えた小澤さん。来月の給料さえ払えない。みんな会社を去っていくと思った。でも違った。

「給料はいりません。会社がなくなると困ります。ほかに行くところがないんです。会社が大変なら俺たちが一生懸命頑張ります。だから働かせてください」

 みんな口をそろえてこう言ったそうだ。涙を流す元受刑者もいたという。彼らのために絶対に会社を潰してはいけない。小澤さんはありとあらゆる取引先に事情を話し、仕事を回してもらった。人は他人の行いを見ているものだ。取引先や誰かの助けが重なり、北洋建設は潰れることなく長い時間をかけて借金を完済した。

 本書に記された北洋建設の過去を読むと、思わず目の前がにじむ。強いきずなで結ばれた関係が、ここにある。

■企業が元受刑者を雇用しやすい社会を目指して

 多くの困難を乗りこえ、北洋建設が再び軌道に乗り始めたとき、小澤さんの難病が発覚した。「自分が生きた証を残したい」。だから北洋建設は積極的に元受刑者を受け入れ続ける。社員62人のうち、元受刑者は13人、執行猶予など前科だけがつく者も含めれば21人。これまで雇用した元受刑者は500人を超えたそうだ。法務省からは「日本で一番元受刑者を受け入れる企業」と言われている。

 もちろん受け入れた元受刑者が全員働き続けるわけじゃない。最終的に会社に残るのは1割から2割。残りの8割は、退職届を出すどころか、受け入れた翌日に寮から消えたり、トイレ休憩の隙に逃げたり、ある日突然行方不明になることも少なくない。

 一方で会社に残った元受刑者たちは、本当に一生懸命仕事をする。家庭を持つ者も少なくないし、独立して経営者になった者もいる。“あとがない”彼らの発揮する力は計り知れない。たとえばヤクザとケンカして、地元にいられなくなった少年。彼は黙々と作業するものの、誰とも挨拶を交わさなかった。そこで「お前は自分から挨拶しないけど、一生懸命頑張っているな」とほめると、ニコニコ笑ったという。「人から初めてほめられた。こんなに気持ちいいんだ」と言ったそうだ。それからは挨拶を交わすようになり、メキメキ社会人として成長し、今は転職して別の職場で頑張っている。どんな人間でも愛情を注げば、驚くほど変わる。

だから僕は、行動し続ける。
残された時間を無駄にできない。
今できることを精いっぱいやる。

 小澤さんの夢は「企業が元受刑者を雇用しやすい社会」だ。その使命を果たすべく、残された命を燃やし続ける。その生き方には並々ならぬ思いがあり、小澤さんの影響で人生を変えた人がきっとたくさんいる。この本を読めば、誰もが胸を熱くするに違いない。

自分を愛していれば、前を向くことができる。
だから、いちばん大事にするべきは自分だと思う。
幸せをかみしめて、今できることを精いっぱいやろう。

 本書の最後には、この3行がつづられている。これは小澤さんが自分自身に向けた言葉であり、きっと元受刑者である社員に言い続けてきた言葉であり、読者に向けたメッセージでもあるはずだ。

 人生はいろいろある。だからちょっとした拍子で、人生のレールを思った以上に踏み外すときがある。何度も苦しいときがくるだろう。幸せな時間を思い出して涙を流すときがあるだろう。けれども一番大切なのは、どんなときでも自分を信じて愛して大切にすることだ。それさえ守っていれば、踏み外した場所から、別のレールが見えてくるかもしれない。

 余命3年の社長が掲げる夢には重みがある。愛がある。そして私たちが心に刻むべき生き方がある。

文=いのうえゆきひろ