実は奥深い「トロッコ問題」でサバイブ力を身につける

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公開日:2019/9/27

『マンガ 考える力を鍛える思考実験』(田代伶奈:監修/ナツメ社)

 トロッコ問題を知らない人は少ないだろう。

・暴走トロッコがこっちに来る
・このままでは、5人の作業員が轢かれる
・自分の前にはスイッチがあり、進路の切り替えが可能
・切り替えた先では別の作業員1人が轢かれる

 1人を犠牲にすることで5人の命を救うのか、なにもせず5人を見殺しにするのか、の有名な二者択一の問題だ。

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 こういった問題は、「思考実験」といわれる。その名のとおり、ある条件下で考えを深める、「思考」による「実験」だ。『マンガ 考える力を鍛える思考実験』(田代伶奈:監修/ナツメ社)は、「自分なりの考えを深めるため」の思考実験を「正しさと公平」「同一性と本質」「矛盾と逆説」「損得と期待値」「人工知能と近未来」のテーマ別に合計50題をマンガで紹介しつつ、それぞれについて解説している。

 さて、本書の1題目に登場する、あまりにも有名なトロッコ問題。「石を投げて危険を知らせる」「ダメもとで声を出し続ける」などの別解を求めたくもなるが、思考実験は限られた条件の中で思考を巡らせるルールのため、選択肢は先の2つしかない。そして、ご存じのとおり正答はない。自分の納得できる理由を見つけられたほうが、自分なりの正答となる。

 イギリスの哲学者フィリッパ・フットが1967年に提起した思考実験であり、日本ではNHKのテレビ番組「ハーバード白熱教室」で取り上げられ有名になったこのトロッコ問題では、人々の8割以上が「1人を犠牲にして5人の命を救う」方法を選択する、という調査結果が出ている。理由は、シンプルに「数の論理」。1人の命より5人の命のほうが重いのだ。残りの2割は、結果的に殺人であることに抵抗を覚える、5人が轢かれることは運命だから、といった理由で放置を選択した。

 実は、トロッコ問題の奥深さは、ここから始まる。設定がすこし変わるだけで、人々は答えに迷いを生じさせるのだ。

 例えば、5人の作業員は自分にとって面識のない人たちで、別の1人は親友であったなら。また、5人がかなりの高齢で、別の1人が作業員ではなく、たまたま迷い込んだ子どもだったとしたら。余命合計で考えると、子ども1人のほうが長いかもしれない。一方で、子どもは誤って線路内に侵入したという過失があり、犠牲になっても仕方ないと考えられるかもしれない。

 トロッコ問題には、派生形がある。本書で2題目に登場する「トロッコ問題【太った男編】」だ。アメリカの哲学者ジュディス・トムソンが提唱したこの問題が先のトロッコ問題と違うところは、5人の作業員に向かって暴走するトロッコを止める手段が、切替器ではなく、太った男を突き落とすということだ。

 先のトロッコ問題と本質的になにが違うか。それは、生身の人間を突き落とし、積極的に殺人を犯すという罪悪感の強度だ。「数の論理」では先の問題と同じだが、この問題でも同様に回答調査をしたところ、「5人を見殺しにする」が多数派を占めた。つまり、5人の命を助けるよりも、「自分が嫌な思いをしない」ことのほうが重要と考える人が多いのだ。

 これも、やはり設定がすこし変われば、答えに迷いが生じやすい。例えば、突き落とすつもりが事前に勝手に自分から落ちてくれたら。また、突き落とす対象が動物や極悪非道な犯罪者であったら。

 世界には不条理が溢れており、自分の中にある判断基準で考え、行動する必要がある。本書の思考実験で、未来を力強く生きていけるサバイブ力が身につきそうだ。

文=ルートつつみ