「今月のプラチナ本」は、古谷田奈月『神前酔狂宴』

今月のプラチナ本

2019/10/4

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『神前酔狂宴』

●あらすじ●

神社の結婚披露宴会場で働き始めたフリーターの浜野。当初は、時給の良さを目当てに働いていた浜野であったが、ある日、結婚式が壮大な“茶番”であることに気づく。「滑稽さが肝の喜劇では、登場人物全員が愚者であるべき」と、働きぶりが一転。そんな中、神社に祀られている神が明治日本の軍神であったことを知り……。結婚、家族、日本という壮大な茶番を鮮やかに切り裂く衝撃作!

こやた・なつき●1981年、千葉県生まれ。2013年「今年の贈り物」で第25回日本ファンタジーノベル大賞を受賞(のちに『星の民のクリスマス』と改題)。17年『リリース』で第34回織田作之助賞を、18年には「無限の玄」で第31回三島由紀夫賞を受賞。同年、「風下の朱」で芥川賞候補に選出される。その他の著書には『望むのは』『ジュンのための6つの小曲』など。

『神前酔狂宴』書影

古谷田奈月
河出書房新社 1600円(税別)
写真=首藤幹夫

編集部寸評

 

なんでみんな、結婚を披露するの?

結婚披露宴会場で働き出した主人公は、ある日とつぜんに意識する。「なんでみんな、結婚を披露するの?」。家族、職場、国家、宗教─枠組の中で人は役割を与えられ、しかし役割の意味を考えることなく、積極的にこなす。その日を境に全力で働くようになった主人公は「人間の何か救いがたいような性質が絡んでいることは本能的にわかった」。だから主人公は、簡単に救ったり救われたりし得ない。単なる「成長」とも呼び難い彼の転変を、怒涛のテンポで描き出していく小説だ。

関口靖彦 本誌編集長。自分の結婚披露宴の時、専門式場の見積もりに並ぶ「幻の金」にくらくらした。結局、小さなレストランでやりました(でもやった)。

 

あなたは“茶番”にいくらかけますか?

何もないところから何百万という金が生まれる結婚披露宴という“茶番”。個人的には、人前で目立つのも話すのも苦痛なので披露宴なんてとんでもない、と思ってしまうけど、披露宴を行った友人から「大切な人たちに、これからの自分の決意を表明できてよかった」と言われ、なるほど、と思った記憶がある。主人公の浜野は、茶番の宴の登場人物として一生懸命働くうちに、結婚、家族、宗教、と大きなテーマに飲み込まれていく。いろんな間口を備えた、読み応えあるお仕事小説だった。

鎌野静華 ライターさんにいただいた最中の栗餡がとってもおいしかった。さつまいもとか栗とか、秋の甘味は興味がなかったのに今年はハマりそうである。

 

その台本は誰が書いたものですか?

軍神が祀られた神社、にある結婚披露宴会場。派遣スタッフとして働く浜野は、結婚や家族といった現実社会の制度を懐疑しながら、それを前提とした仕事を誰よりも全うし、その対価で飯を食う。新郎新婦を「その場限り」「最大限」盛り立て、宴会場のスターにまで登りつめた男の生きざまは、惚れ惚れするほど美しく貫徹している(時給が1000円代なんて信じられない)。茶番を否定することは、誰だって出来る。その中で歓喜の瞬間にたどり着いた浜野の姿を、ぜひ目撃してほしい。

川戸崇央 本誌連載『小説 空挺ドラゴンズ』の単行本化が決定! 原作コミックス最新7巻とあわせて11月7日に発売。2020年1月〜TVアニメ放送です!

 

傍観者ではなかなかいられない

生きていくなかで、特に疑わずに“当たり前”と思っているものが、たくさんある。それに具体的に気づいたときの、この不思議な心地悪さよ。「何もないところから金が生まれてる」結婚披露宴に務める主人公は、日々「茶番」を演じる。彼は自分の声を聴いて生きている、傍観者だ。根拠もなく信じている、頼れる漠然とした“何か”=虚構があるのは安心するし、していたい私は、ページを繰る途中で「しまった!」と笑った。今後、私はどう結婚式というイベントに接すればいいのでしょう。

村井有紀子 次号は!!『水曜どうでしょう』特集!!!!(興奮)。その打ち合わせにて9月に札幌へ行ったらあっさり風邪をひきました。表紙撮影前に治さねば……。

 

虚構に身をゆだねる気持ちよさ

結婚式を夢見るひとはご注意を。本作は式場スタッフである主人公が、結婚式の本質を「虚構(フィクション)」と看破し、その茶番を盛りあげるべく邁進するというラジカルなお仕事小説だ。彼が仕事に励むほどに、結婚や家族といった物語(フィクション)の自明性が解体されていくさまは、じつに痛快。しかし茶番と嘯きつつ、新郎という虚構の王にひれ伏すとき、彼は、そして読んでいる私は、妙に高揚するのである。虚構でいい。大きな何かに身を委ねたい。空虚な祭りのその先に、あやうい欲が疼き出す。

西條弓子 みずからの王を選ぶこと。その責任と尊さを教えてくれたのが「十二国記」でした。ちなみに今号の「短歌ください」のテーマは選挙です。

 

最大出力の喜劇

結婚式のどたばたを裏方から描いた小説は他にもあるけれど、その宗教性に踏み込んだものは初めて読んだ。発表するあてのない脚本を書きながら派遣で神社の式場に務める主人公は、披露宴のスタッフという役を見事に演じてみせる。しかし神に限らず何かを信じて生きている人は強く、彼が立ち位置を明確にしろと迫られるたびに揺れる姿がもどかしい。でも大丈夫。最後には社会も宗教もとっぱらった特別な披露宴が待っている。どんでんどんでん!と一緒に口ずさみたい。

三村遼子 「十二国記」特集を担当しました。『白銀の墟 玄の月』を一足先に拝読し、放心しています。今すぐ1カ月後にワープして、誰かと語り合いたい!

 

思想バトルの痛快な着地に快哉!

人にとっては人生最大の憧れイベントでもある結婚式を、盛大にぶった斬る痛快さは天晴れの一言。結婚式という巨大な虚構を舞台に、それぞれの価値観や正義が衝突していく中で描かれる喜びや幸せ。思想次第で、受け取り方や感じ方は様々。そう、結局のところ、自分を幸せへと運んでくれる人物は、神様でも他人でもなく、自分をおいて他ならないのだ。自分が幸せになるためなら、虚構も茶番も創り上げていく人間という生き物は、最高にエゴイスティックで、最高に愛おしい存在である。

有田奈央 女と本特集を担当。お話を伺った皆さんに共通するのは「自分自身を信じる」こと。幸せと成功につながるこの極意、まだまだ私には難しい……。

 

虚構にあふれた世界で笑う

“茶番”の登場人物として、その役割を演じきったときの高揚感を、疑いようもなく世界に肯定される感覚を思い出した。本書の主人公・浜野は、結婚披露宴という“茶番”の登場人物としてその役割を演じきる。普段はどっちつかずな浜野にとって、明確な役割を求められる「疑いなど存在すらしない世界」は、安心を得られるものだったのではないだろうか。そうした“茶番”は、きっと日常の中にも転がっているのだと思う。確かなものがなく、自分自身に迷っている人に読んでほしい一冊。

前田 萌 友人の結婚式に招待されました。しかも神前式からの披露宴。本書の状況と同じ気が……。いやでも、おめでたい! 盛大にお祝いしたいと思います。

 

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