なぜチョコレートは美味しいのか? その秘密は〇〇の溶け出す温度にあった!

食・料理

更新日:2019/12/25

『チョコレートはなぜ美味しいのか』(上野聡/集英社)

 チョコレートは極上の癒しだ。その甘美な味わいに、心までふわりと溶けていく。チョコレートは美味しい。実に美味しい。この世の真理ともいうべき絶対的な事実だ。

 では、なぜ美味しいのだろうか。甘いから? 風味がよいから? 食感がよいから? なんとなく想像はつくけれど、知識がないと正確な事実はわからない。それを「食品物理学」の力で解き明かしたのが『チョコレートはなぜ美味しいのか』(上野聡/集英社)である。

 著者は上野聡さん。食べ物の美味しさを研究する食品物理学者だ。細胞膜の基礎研究に取り組んだのち、現在はチョコレートやマーガリンの「油脂」の物性・状態の変化の観察を専門としている。

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■その昔チョコレートは苦い水として飲まれていた

 本書を読むと、食品の世界の奥深さを再認識する。まずは順を追って、チョコレートの歴史をひもといてみよう。今から4000年前、カカオの原産地であるメソアメリカ地域では「苦い水」を飲んでいた。当時はまだ砂糖が誕生していなかったので、チョコレートに唐辛子などのスパイスを入れて溶いた、なんとも想像つかない水を飲んでいたのである。それでも当時は「一部の人々しか口にできない高級品」として扱われていたそうなので、人類の進歩と食品科学の進化に感謝の念を抱いてしまう。

 それから時が進んで、1500年代にチョコレートがスペインに伝わる。この頃には砂糖も誕生しており、スペインに伝わっていた。両者に共通するのは、一部の階級しか口にできない高級品ということ。

 そこでスペインの欲深き金持ちが自身のステータスを見せびらかそうと、苦い水に砂糖を溶いた「超高級な甘い水」を生み出したのだ。ふーむ、業の深いエピソードだ。

 ところがこの甘い水、いざ口に運んでみると美味しい。それからチョコレートは「貴族の飲み物」としてヨーロッパ各国の宮廷に広がっていった。

■なぜチョコレートは美味しいのか

 チョコレートに大きな変化が訪れたのは、19世紀に入ってから。オランダのあるチョコレート会社が、カカオ豆を細かく粉砕したカカオマスから「ココアバター」を搾り取って、「ココアパウダー」を製造する技術を生み出した。

 そしてイギリスのある職人がココアバターを冷やして固めると、「食べるチョコレート」を作れることを発見する。この両者の偉大な発明によって、チョコレートは「飲み物」から「食べ物」へと歴史的な変革を遂げたのだった。

 ところが上野さんが想像するに、当時のチョコレートは「現在ほど美味しくなかったでしょう」と断言している。なぜか。それは「食感」だ。専門用語で「テクスチャー」という。これぞチョコレートの美味しさの秘密であり、本書の本題でもある。

 チョコレート好きならば疑問を抱いた人もいるかもしれない。なぜチョコレートは手でパキッと割れる「スナップ性」があるのに、口の中に入れるとホロリと溶けるのか。キャンディーのように口の中でずっと硬さを維持するわけでもなく、バターのように持っただけでベタベタするわけでもない。よく考えてみれば、特殊な性質を持つ食品だ。

 その答えは、ココアバターの“融解特性”にある。数学や物理学が苦手な人のために、端的に説明しよう。

 チョコレートに含まれるココアバターは、25℃までは固体としてある程度の固さを保つ。しかし25℃を超えたあたりから一気に溶け出して、人間の体温である36℃あたりになると、ほとんど液体となる。つまり手で持っているときはベタつかない固さを保てるが、口に入れた瞬間溶け出して、カカオマスや砂糖などの風味が唾液と溶け合い、ホロリと舌の上でほどける食感を生み出すのだ。だからチョコレートは美味しいのだ。

■なぜバレンタインの手作りチョコは美味しくないのか

 本書を読んでいると、食品物理学の奥深さを大変に味わうことができる。この記事では「チョコレートの美味しさの秘密」をご紹介したが、肝心の「なぜココアバターにそのような特性があるのか」については触れていない。

 ぜひご紹介したいのだが、それを説明するには、脂肪酸の分子構造とココアバターの融点(=溶け出す温度)を決める「結晶」について触れなければならない。この一文を読んだだけで頭が痛くなってしまう読者がいるだろう。けれどもその解説を根気強く読み進めるとよいこともある。「美味しいチョコレートの作り方」がわかるのだ。

 バレンタインデーになると、女性が手作りチョコを男性に手渡す光景がよく見られる。手渡しされたイケメン男性なら経験があるかもしれない。想いがこもった手作りチョコはもらって嬉しいが、正直なところ味は美味しくない…。市販の義理チョコのほうが美味しい…かも…。なぜこのような悲しい事態が起きるのか。

 少し話を戻したい。さきほど「チョコレートは口の中で溶ける」と説明した。しかしそれは「口の中で溶ける作り方をしたチョコレート」であって、「口の中で溶けないチョコレート」も作ることが可能だ。

 上野さんが「19世紀頃のチョコレートは現在ほど美味しくなかったでしょう」と断言するのは、ココアバターの特性を活かした美味しいチョコレートの製法をまだ確立できていなかったと推察するからだ。おそらく当時のチョコレートは口の中でパサパサしたり、手に持っただけでベタついたりした可能性がある。

 チョコレートの食感を決めるココアバターは、結晶でできている。その結晶は、熱し方によってⅠ型からⅥ型まで存在する。このうちココアバターの結晶をⅤ型にすると、市販品や専門店のような風味ある深い味わいを生み出せる。しかし他の型ができてしまうと、手に持っただけでベタつくチョコや口の中で溶け出さない固いチョコになってしまう。

 女性の大半は、市販のチョコレートを溶かすことで本命チョコを手作りするだろう。ところがこの方法でできあがるものは、Ⅵ型の固いチョコレート。口の中で想いがなかなか溶け出さない。

 そこで本書が解説するのが「テンパリング」と呼ばれる、ココアバターを「再結晶化」させるテクニックだ。このあたりは根気強く本書を読まないと理解できないので、気になる人はぜひ本書を手に取ってほしい。すでにテンパリングをご存じの人も、なぜこの方法でチョコレートが美味しくなるか理解できるのでオススメだ。

 普段なにげなく口にするチョコレートには、不思議な科学が隠されている。私たち消費者に「また食べたい!」と思ってもらうべく、お菓子メーカーや上野さんのような食品物理学者たちが、様々な工夫を重ねて商品を開発しているのだ。本書が食品物理学の世界は大変に奥深く、いち消費者として心から感謝の意を示したい。

文=いのうえゆきひろ