解剖台の上の「異状死」から見えてくる、現代女性の苦しみとは? 現役法医解剖医・西尾元氏インタビュー

暮らし

2020/1/13

 ここ数年、法医学を扱うテレビドラマが話題になっている。記憶に新しいのは、石原さとみさんが女性法医解剖医を演じる『アンナチュラル』(TBS)だが、このたび「法医学と女性」という切り口を、わたしたちにより身近なかたちで見せてくれる書籍が刊行された。

『女性の死に方』(西尾元/双葉社)

『女性の死に方』(西尾元/双葉社)は、現役法医解剖医として、20年にわたり約3000体の遺体と向き合ってきた著者、兵庫医科大学 法医学講座主任教授の西尾元先生が、実際の解剖経験にもとづいた23の「死」のエピソードから、現代の女性が抱える痛みや苦しみについて考察したものだ。

「今後、『どのような死を迎えるか』という問いは、女性にとって避けられない重要なテーマになる」──そう語る西尾先生が感じる、「女性と死」にまつわる変化とは? 「死」の現場に立つ法医解剖医だからこそわかる、「生」を充実させるヒントとは? 西尾先生に、お話をうかがった。

■死の現場から見えてくる、女性の“男性化”現象

──法医学とは、どんな学問なのでしょう。

西尾 元(以下、西尾) 法医学というのは、法律的な判断が必要な場面──典型的には裁判ですが、そういった場で医学的な知識が必要になったとき、その答えを説明するものです。日常的には、警察からの依頼にもとづいて解剖をしています。解剖の目的は、基本的にはふたつ。ひとつは、警察が行っている犯罪捜査のためですね。死因はなにか、薬を飲んでいたのではないかといった警察が知りたい情報を、解剖で調べていきます。もうひとつは、犯罪には関係がないけれど、死因がわからない遺体の死因を突き止めること。最近はひとり暮らしで亡くなる人が多いので、死因がわからない遺体が増えているんです。

 法医学は、主に死体を扱います。ですから、医療関係者以外のみなさんと関わりがあるのは、いわゆる「死」の場面ですね。たとえば、人が亡くなると「死亡診断書」をもらいますが、それを市区町村役場に持っていくと、亡くなった人の戸籍を抹消することができ、さらに「埋葬許可証」をもらえます。つまり、死亡診断書がなければ、遺体を火葬することができないんです。だから人が亡くなったときは、ほとんどの場合、病院で死亡診断書が発行されるのですが、ときどき病院でも「病気で亡くなりました」とはっきり言い切れない場合がある。そういうときは、法医学が関わることになります。

 法医学の目的は亡くなった人の死因を決めることですが、生きている人の役に立つこともあります。たとえば解剖したご遺体が、結核などの感染症にかかっていることがわかった場合、周囲の人にも感染していないか検査をするとか、感染防御ができるようになりますよね。死因を決めるだけではなく、生きている人に役立つ情報を手に入れることもできるんです。

──「女性と死」というテーマを意識されるようになったきっかけは?

西尾 はっきりと、この時点からというタイミングはないんですけどね。今のところ、解剖する遺体の約7割は男性です。解剖される男性には、典型的な亡くなり方があります。定年後、50〜60代でひとり暮らしをしていて、寂しさからお酒を飲んで、血を吐いて亡くなるというパターンですね。ところが最近、こういった亡くなり方をする女性のご遺体を解剖することが出てきている。女性の死に方が、少しずつ変わってきているのではないかと思うようになりました。

 働く女性が増え、結婚を選ばない女性も増え、定年後に所属コミュニティを失うなど、女性の“男性化”現象とでもいうべきものが起こっているのかもしれません。ひとりで生活できる人が増えているので、やはり死に方としても、ひとり暮らしゆえの亡くなり方をする人が増えています。「生」や「死」に対して、家族という単位が暮らしの基本だった時代とは、少し違う意識が必要ですね。

■社会との接点を持つことで、避けられる死がある

 本書で取り上げられている解剖例はさまざまだ。アパートでひとり暮らしをしていた高齢女性の凍死遺体。美しくなるための痩せ薬や脂肪吸引手術が原因で命を落とした女性の遺体。貧しさから内縁の夫に売春を強要され、その夫から受けたDVが原因で亡くなり、暮らしていた軽ワゴン車の中で発見された女性のミイラ化遺体……。

 西尾先生は、配偶者間における犯罪の被害者の男女別割合(傷害や暴行は女性被害者が圧倒的に多いが、殺人だけは、加害者となる割合に男女差がほとんどなくなる。)や、20代と40代の女性が増えている年間自殺者数など、「女性と死」にまつわるデータも挙げつつ、解剖台に上がる「異状死」──普通ではない死の裏側に、老いや貧困、孤独、病気、家族関係など、現代社会の問題を指摘する。

──「異状死」とならないためには、「社会との接点を作っておく」ことが大切だと書かれていましたが、具体的にはどのように行動すればよいのでしょう。

西尾 これは、必ずしも「友達を作れ」ということではありません。もちろん、ひとり暮らしにはひとり暮らしの気安さがありますし、今、家族がいるという人でも、最終的にはひとり暮らしになる可能性がある。

 対策は、ご本人の年齢にもよると思いますが、たとえば医療の分野なら、高齢になるとなにがしかの病気を持つことになり、病院にかかることが増えてくると思います。そういったときに、面倒見のいい、気の合うお医者さんを探しておくことは、重要なのではないかなと思いますね。

 今は、訪問看護なども公的なサービスとして受けられる仕組みが整っています。行政や、訪問看護を行っている病院とうまくつき合い、友達や家族以外にも関係を作っておけば、ひとりになることが避けられますよね。ひとりのときに倒れて亡くなるのは仕方がないことですが、少なくとも死後、誰にも発見されないことはなくなります。実際に、ひとり暮らしの方のご遺体を見つけるのは、家族ではないことが多いんですよ。友人、市役所など公的な機関の人、訪問看護のスタッフなどに発見されています。

──この本は、どういう人に読んでほしいと思われますか。

西尾 女性を対象にしていますので、女性のみなさんに読んでいただきたいですね。

 最終的に、自分がどんな死を迎えるかは、それまでの自分がどれだけ充実した生活を送ってきたかによると思うんですよ。その比重が大きければ、どんな結末も受け止められると思いますし、理屈でいうと、自分が亡くなったときに、自分の死体は見えないんです。そういう意味では、そんなに怯える必要もないのではないかと思いますね。死後、発見までに時間がかかって腐っていくのが嫌ならば、その対策を取ればいいだけですし、避けられる死もあります。女性は、人間関係を構築するのが男性に比べてうまいと思いますし、フットワークの軽さもある。その能力を遺憾なく発揮して、周囲の人と仲よく楽しく過ごしていただきたいなと思います。

取材・文=三田ゆき 撮影=内海裕之