『南極物語』の誰も知らない真実――生きていたのはタロとジロだけじゃなかった!伏せられた誇り高き犬の存在とは

暮らし

2020/2/20

『その犬の名を誰も知らない』(嘉悦洋:著、北村泰一:監修/小学館集英社プロダクション)

 ある出来事の真実は、偶然が折り重なって、ふいに姿をくらますことがある。けれども隠れているだけで、事実を掘り起こせば必ず見つかるものだ。奇跡という名の感動を一緒に引き連れて。

『その犬の名を誰も知らない』(嘉悦洋:著、北村泰一:監修/小学館集英社プロダクション)に描かれた物語もそのひとつ。約半世紀の時を超えて、日本中が感動で涙を流した「南極物語」の、誰も知らない真実がここに刻まれている。

■15頭のカラフト犬を置き去りにした第一次越冬隊員

 1958年、南極へ派遣された第一次越冬隊員が窮地に立たされた。気象や地磁気、オーロラなど地球物理に関する現象を観測するため、地球の極地で1年間にわたる調査を行ってきた第一次越冬隊員。彼らが南極へ赴くとき、当時の日本国民は大きく手を振って応援した。しかしあることをきっかけに日本国民が手のひらを返す。

 南極で観測調査を行うためには、カラフト犬と呼ばれる屈強な犬が欠かせない。厳しすぎる環境ゆえ、当時の最新鋭の雪上車が故障して機能しなくなる可能性があるからだ。観測調査を行う移動中、雪上車の故障で路頭に迷えば、命の危険に直結する。

 そのため多少の故障でも手作業で素早く直せる犬ゾリが安全な移動手段であり、人間を乗せて極地を走り続ける屈強なカラフト犬を同行させることが、観測調査成功の要素として不可欠だった。

 第一次越冬隊員は、途中から連れてきた犬も含めて、総勢19頭のカラフト犬と南極の昭和基地で苦楽を共にした。彼らの活躍がなければ南極観測の成功はなかった。しかし第一次越冬隊員は、大切な仲間ともいうべき15頭のカラフト犬を、なんと昭和基地に置き去りにしたのだ。

 もちろん理由はあった。第一次越冬隊員から第二次越冬隊員へ業務を引き継ぐ途中、どうしようもない悪天候に見舞われて、人間は一度帰国せざるを得なかった。その際、犬たちも一緒に連れて帰るべきだったが、上層部が「南極観測を放棄したわけではなく一時期的な撤退」という中途半端な方針を崩さなかったため、15頭の犬は昭和基地に鎖でつながれたまま、最終的に置き去りにされた。

 まだ動物愛護が根付いていなかった当時の日本国民でさえ、第一次越冬隊員に大バッシングを浴びせた。そして15頭の犬の運命を憐れんだ。あの過酷な環境で置き去りにされて、人間を恨みながら餓死するに違いない。

 ところが奇跡が起きた。犬たちを置き去りにした1年後、第三次越冬隊員が南極の昭和基地へ足を踏み入れると、2頭の犬、タロとジロの兄弟犬が生きていたのだ。この出来事は日本だけでなく世界中を驚かせ、感動を呼んだ。『南極物語』として映画にもなった。

■24年後に突如明かされた第三の犬の存在

 ここまでは我々が知る一般の事実だ。ところが第一次越冬隊員だった北村泰一さんは、あの出来事から24年後の1982年、同じく第一次越冬隊員だった村越望さんから驚くべき事実を聞く。

「一九六八年。つまり十四年前のことだ。昭和基地で、一頭のカラフト犬が発見された。君はそのことを知っているか?」

 北村さんは呆然とした。それもそのはず、北村さんは昭和基地で犬係としてカラフト犬の世話を任されていた。つまり犬たちが第二次越冬隊員を警戒して走り回らないよう、きつく首輪をしめて昭和基地につないだ張本人だ。

 北村さんは日本に帰ってから、そのときの感触に悩まされた。罪悪感に苦しんだ。彼らを殺したのは、私かもしれない。

 だから贖罪として第三次越冬隊に参加し、彼らの最期を見届けようとした。奇跡が起きてタロとジロが生き残っていたものの、7頭がやせ細った遺体で見つかり、6頭の行方が最後まで分からなかった。

 そこですべてが終わったと思っていた。けれども真実は別にあるかもしれない。第九次越冬隊員がカラフト犬の遺体を発見したのだ。最後まで行方が分からなかった6頭のうちの誰かだ。

「そうだ。つまり、基地には第三の犬がいたことになる。タロ、ジロと一緒にね」

 タロとジロの感動の物語には、もう1頭の犬がいる。その犬がタロとジロを献身的に支えて、第三次越冬隊員が到着する前に息絶えた可能性がある。

 その犬は誰なのか真実を突き止めることが、北村さんにとって唯一の贖罪だった。ところがその後、北村さんは研究で忙しくなり、さらに仕事で不慮の事故に見舞われ、生死をさまよい、後遺症が残ってしまった。もう、第三の犬の正体を突き止めるのは難しいかもしれない。しかし一生かけて真実を見つける思いを抱いて生きていこう。そのチャンスを待ち続けよう。そう決心して四半世紀が過ぎた。

 そして2018年2月、本書の著者で新聞記者だった嘉悦洋さんと運命の出会いを果たす。ようやくチャンスが巡ってきた。本書は、『南極物語』の、誰も知らない真実を解き明かす。

■第三の犬がタロとジロを生き残らせた可能性がある

 その内容は、とても重厚で濃密なものだ。『南極物語』を知る人も知らない人も、北村さんの語る物語に引き込まれるはずだ。

 南極へ赴く前、カラフト犬を集めて犬ゾリの調教を試みたが、まるで統制がとれなく不安になったこと。屈強なカラフト犬を従わせるために、辛い体罰を与えなくてはならなかったこと。

 南極に降り立って多くの犬が成長を遂げて、第一次越冬隊員の大切な仲間になったこと。しかし厳しい環境や任務によって2頭の犬が病死し、1頭が自ら行方をくらましたこと。

 南極での様々な困難を乗りこえて、犬には人間のような感情があり、カラフト犬には誇り高きプライドがあると理解したこと。なにより結果的に15頭の仲間を置き去りにした、あの最悪の出来事。

 北村さんが語る物語に引き込まれたあと、後半では本書のテーマである「第三の犬」の謎に迫る。あれほど日本中に大きな感動を呼び、話題になったタロとジロの奇跡。しかしひとつだけ語られていないことがある。タロとジロはどうやって地球の極地で1年間も生き延びたのか。2頭は屈強なカラフト犬だが、当時はまだ若く、南極で生き残るだけの経験を積んでいなかった。タロとジロを生き残らせた第三の犬が絶対に存在するはずだ。

 今でも多くの人の記憶に南極物語が刻まれている中、なぜ第三の犬の存在は半世紀以上経った現在も伏されているのか。果たして人間のいない1年の間に、昭和基地でなにが起こったのか。

 北村さんの語る物語に、それらの謎を解くカギがある。ノンフィクションでありながら、まるで推理小説のような読みごたえだった。本書の前半の一字一句が見逃せない。

 ある出来事の真実は、どれだけの時が流れようと事実を掘り起こせば必ず見つかるものだ。名もなき誇り高き犬の存在を、その感動を、ぜひ本書で知ってほしい。

文=いのうえゆきひろ