「五輪延期」決定に胸をなでおろしている場合ではない! マスコミが報道しない真実

ビジネス

公開日:2020/4/19

『オリンピック・マネー 誰も知らない東京五輪の裏側』(後藤逸郎/文藝春秋)

 周知のとおり、3月24日、安倍首相とIOC(国際オリンピック委員会)のトーマス・バッハ会長の電話会談により、東京オリンピック・パラリンピック2020(以下、東京五輪)の開催延期が決定。そして3月30日、2021年7月23日に開催することが発表された。

 そもそもなぜIOCは「アスリートファースト」とは思えない真夏の開催を譲らないのか、と改めて疑問に思った人も多いだろう。

 その答えを明確に示してくれるのが、『オリンピック・マネー 誰も知らない東京五輪の裏側』(後藤逸郎/文藝春秋)だ。

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 本書は、IOCがどのような組織なのか、その収入源となるテレビ放映権や広告スポンサー制度はどのようになっているかなど、五輪とマネーの関係を歴史的に考察する。

 さらには、新国立競技場が五輪終了後にレガシーにはならず、すでにお荷物状態になっている現実など、報道されない様々な東京五輪の真実にも触れる。

 本書によれば、IOCが夏開催にこだわる理由は単純明快だ。スポーツに不向きな真夏は競合するスポーツのビッグイベントがなく、世界中を五輪一色に染められ、各スポンサーたちに、「高いテレビ視聴率と広告効果が保証できる」絶好機。その保証が、IOCの下部組織である数々の企業が受け取る高額な契約金を支え、「IOC貴族」と呼ばれる一群の人々、そして「平和の祭典」を支えているからだ。

巨大な民間企業による、「マネーファーストの世界的なスポーツイベント」

 著者は、IOCへの直接取材も含めて、様々な資料を精査することで、その実態を明かしている。本書で見えてくる五輪の実態はもはや、世界の平和とスポーツ振興を目的とした、アスリートファーストのイベントなどではない。

 IOCという巨大な民間企業による、「マネーファーストの世界的なスポーツイベント」なのである。

 その一例として著者が触れているのが、マラソン・競歩の北海道開催だ。小池都知事の「暑さ対策には万全を期している」という猛アピールにもかかわらず、「もう決まったこと」と、IOCは強権を発動した。

 IOC側の言い分は、「アスリートファースト」と、東京開催では不可能な「ヘリコプターによる撮影の確保」だ。この判断にも、いかにIOCが放送用コンテンツとして高く売ることを重視しているかが透けて見えるという。

 また、バッハ会長を頂点とするIOCが、スイスに拠点を置くのは、金の流れをいくらでも不透明化できる法的環境があるからだと本書は指摘する。そして複雑な組織体系を組みあげ、巨額な利益を分配するIOC貴族たち。

 その優雅さがどう保障されているかは、本書に詳しいが、東京五輪開催中は「ホテルオークラ東京」ほか5つの五つ星ホテルのスイートを含む全室がIOCファミリーに提供される。その宿泊料は、相当な額で都側も一部負担するという。

五輪を招聘しようという立候補都市は年々減少している

 平和の祭典という理念が形骸化する一方で、数兆円単位にも及ぶ、五輪の招致・開催費用の多くが、国民の税金で賄われる。そんな五輪の実態を前に、立候補都市が年々減少していることを、本書はいくつもの具体例をあげて指摘する。

 それでも、五輪招致により被害を受ける人がいないなら、まだいいのかもしれない。しかし実際には、違うようだ。

 ここで著者の紹介をしておこう。著者の後藤逸郎氏は毎日新聞、週刊エコノミスト出身のフリージャーナリストだ。週刊エコノミスト編集次長時代に、電通特集を担当したことから「神宮外苑再開発」のことを知り、本書を執筆するきっかけになったという。

「神宮外苑再開発」とは、旧国立競技場の改修工事に端を発した再開発計画だ。本書はその詳細を時系列かつ、関わった政治家の名前などもあげて克明に明かしている。

 手短に伝えると、東京五輪開催という「国策」を旗印に掲げつつも、実際には、五輪とは無関係な再開発までもが機に乗じて行われ、その犠牲になった声なき弱者である都民がいたのだ。

東京五輪という「国策」の犠牲になった「都営霞ヶ丘アパート」

 その一例が、強制的に立ち退きをさせられた「都営霞ヶ丘アパート」の住人たちだ。中には老々介護の住人もいて、一方的に始められた取り壊し作業の騒音の中で、高齢の母を看取るという悲しい結末を迎えたそうだ。

 そして、著者はこう記している。

「行政が都市開発を行う時、政治家が動き、得をする利害関係者が現れ、オリンピックの大義がすべてを覆い隠す――というのが、神宮外苑再開発を巡る実態だ」

 トップアスリートが集結し、努力のたまものである成果を発揮し、世界中の人々に感動を与える五輪。その神聖さとは裏腹のドス黒さが様々に蠢(うごめ)くのもまた五輪。そんな実態を、緻密な取材と裏付け資料によって提示する本書。

 そこに血税を投入すべきか否か、今回の東京五輪延期とその成否は、世界中の人たちにとって格好の判断材料となるのかもしれない。

文=町田光