学生や新入社員に“対面で教えられない”今こそ考えたい「教える」時に大切な2つの基本

ビジネス

公開日:2020/5/1

『「教える」ということ 日本を救う、[尖った人]を増やすには』(出口治明/KADOKAWA)

 春は街にフレッシャーズが溢れるシーズンだが、今年は新型コロナのせいでだいぶ様子が変わってしまった。入社式や入学式も満足にないまま、新人研修や講義がオンラインでスタートなんてケースも決して珍しいことではないからだ。唐突な展開にフレッシャーズの皆さんはさぞ不安だろうが、どっこい教育する側の先輩社員や教員の皆さんにしても同じこと。急遽出現した新たな状況の中で、「どうやったらちゃんと教えられるか」について日々悩まれていることだろう。

 こういう時は、少し広い角度で「教える」ということを考えてみると、発想が柔軟になって視野が広がるかもしれない。ライフネット生命創業者、現・立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明氏の新刊『「教える」ということ 日本を救う、[尖った人]を増やすには』(KADOKAWA)はタイトル通り、次の世代を育てるために有効な「教えること」の本質を伝えようとする1冊だ。

 まず大前提として「教える」というのは「相手に腹落ちさせること」だと著者。腹落ちさせられなければ、どんなに高度な知識を伝えても教えたことにはならず、何より「相手のレベルに応じて伝わる、理解できるようにわかりやすく話す(書く)こと」が絶対条件となる。その上で、いかに教えるか、何を教えるかのレベルに進むわけだ。

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 たとえば我々の社会では教育の基本に教育基本法が定められているが、著者は、この教育基本法が定める目的を「自分の頭で考える力を養う」「社会の中で生きていくための最低限の知識(武器)を与える」の2つと解釈する。いずれも大きな課題だが、まず1つ目の「考える力」をつけるためには、価値観のバラバラな世界をフラットに捉えるのも第一歩となるだろう。そのためには「タテ(昔の人の考え方)・ヨコ(世界の人の考え方)・算数(数字・ファクト・ロジックなどのエビデンス)」の枠組みで考えるクセをつけるのも有効だ(たとえば「夫婦別姓問題」なら「源頼朝の妻は平(北条)政子であり別姓<タテ思考>」+「OECD37カ国の中で法律婚の条件に夫婦同姓を強制する国は日本以外にない<ヨコ思考>」=「夫婦別姓は家族のバランスや伝統を壊すなどの説には根拠がない」とフラットな見解を導き出せる)。

 また2つ目の「社会で生きていくための武器」とは、具体的には国家や税金、社会保障など暮らしの根幹を理解することだ。欧米では教育で政治参加意識を醸成するのは当たり前だが、日本では「衆議院の人数は?」といった暗記的なことばかりで本質的な仕組みへの理解はまだまだ。そこをきちんと教えていけば、確かに政治的プロパガンダや世論に惑わされることなく、自分で「判断」できる人材を育てられることだろう。

 さらに大事なことは、そうしたベースを築いた上でいかに「尖った」人材に育てるかということ。著者はAPUでの実践を通じて大学など高等教育機関の可能性や、企業人時代の実践を通じて社会人教育に必要な観点についても思考をめぐらせる。また3人の識者との対談も収録されているが、それは「人と話をすることで情報の整理につながる」という自らのセオリーの実践という側面もあり、より多角的な見識が深まるのはもちろん、対談自体が「学びの深め方」のお手本とも捉えられるだろう。

 おそらく本書で「親・教師・上司・先輩などさまざまな教える立場にある人々」が、それぞれの現場で役立つヒントを見つけられることと思う。案外「教える側の観点」で読み始めたつもりが、思った以上に自分自身にも「教えてもらうこと」がまだまだある…そんなことを実感する人もいるかもしれない。

文=荒井理恵