トランスジェンダー当事者による、新感覚のファッション漫画! JKが「ジャージ」を着て登校するのはなぜ?

マンガ

公開日:2020/7/6

『ボーイズ・ラン・ザ・ライオット』(学慶人/講談社)

 ぼくは昔からかわいいものが好きだった。その最たるものが「ぬいぐるみ」である。実家にはイヌやネコ、ネズミなど、ありとあらゆる動物をデフォルメしたぬいぐるみが大量にある。そして、親元を離れたいまも、手元にはお気に入りのぬいぐるみが何体かある。

 でも、幼い頃はそれを公言することができなかった。なぜならば、「男のくせに」と言われてしまうからだ。

「男のくせに」「男なんだから」「男はこうあるべきだ」

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 性別により、好きなものや趣味、生き方を限定されてしまうような、これらの物言い。幼いながらも、ぼくは常に違和感を持っていた。けれど、ぼくは男性の身体に生まれ、性自認も男性なので、「そういうものかなぁ」と渋々聞き流していた。それでもまぁ、ぬいぐるみを手放すことはできなかったのだけど。

 ただし、仮にぼくがトランスジェンダーだったら。身体の性と心の性が一致していないにも拘わらず、外側である身体だけで判断され、「◯◯であるべき」と押し付けられていたら、きっともっと苦しかったのだろうと思う。あらためてそんなことを考えさせられたのは、『ボーイズ・ラン・ザ・ライオット』(学慶人/講談社)読んだのがきっかけだった。

 本作の主人公である高校生の凌は、女性の身体を持ちながら、心の性は男性というトランスジェンダーだ。凌は毎朝「ジャージ」を着て登校する。教師に「制服で登校しろ」と怒られても、それをやめない。なぜか。凌にとって制服は、自らが「女性である」ことを思い知らされる忌々しいものだからである。

 たしかに、性自認が男性である凌からすれば、否応なしにスカートを穿かされるのは屈辱的でもあり、自分らしくいられなくなる一因にもなりうるだろう。そもそも男性・女性を問わず、なにを着るかはもっと自由であるべきなのに、いまだに制服には性差が色濃く残っている。男子がスカートを穿いたりリボンをつけたりしたって構わないし、女子がスラックスを穿いたり学ランに身を包んだっていいじゃないか。しかし、現実はそこまで追いついていない。凌が毎朝ため息をつくように。


 凌はクラスにもうまく馴染めていない。表面上はうまくやっているほうだが、自分を偽ることに疲れ果てている。たとえば、女子たちがイケメン俳優の話題で盛り上がっていても、凌はまったく興味が持てない。けれど、それを表に出してしまえば、奇異の目で見られてしまう。本音を隠し、偽りの自分を作り出し、当たり障りのない会話をするしかないのだ。

 そんな凌の日常を一変するような出会いが訪れる。それは突然やって来た転校生の佐藤迅。ツーブロックのサングラス姿でいきなり現れた迅は、クラスの誰とも異なる異様な雰囲気を放っている。第一印象はただの「痛いヤツ」だった。


 ところが、凌の毎日はこの迅との出会いによってキラキラ輝き出す。


「俺と一緒にブランドやんねェ!?」

 もちろん、急な誘いに戸惑う凌。しかし、迅が服にかける想いを知るにつれ、凌の気持ちは徐々に傾いていく。一緒にブランドを立ち上げる――。

 けれど、凌には負い目があった。それは「自分がトランスジェンダーである」こと。迅と近づくにつれて、性に悩んでいない彼との間に距離を感じてしまう。

 その葛藤が爆発しそうになったとき、凌は迅に、自分自身のことを打ち明ける。


「俺ッ頭ん中 男なんだ」

 泣きながら告白した凌。それを迅がどう受け止めるのかは本作で確かめてもらいたいが、ここは第一巻のハイライト。お世辞抜きで、号泣してしまった。凌がどれだけ苦しんできたのかも伝わってきたし、なによりそれを受けた迅のセリフが最高なのだ。

 こうして互いをわかり合い、正式にブランドを立ち上げることになった凌と迅。もちろん、高校生がブランドを立ち上げるなんて簡単なものではない。

 ただ、凌ならばどんな困難も乗り越えていけるのではないかと思うのだ。それは、彼がずっと「洋服」で悩んできたから。「女の子なんだから」と女性装をまとうことを当たり前とされてきた凌にとって、自分のブランドを立ち上げるのは、自分らしい服装を追求することでもあり、つまりは自分らしく生きるということだ。

 この先、凌がどんなファッションを生み出していくのかはわからない。でも、ひとつだけ言えるとすれば、男とか女とか、性別なんて無視して、個人が好きなものを身にまとい、心地よくいられるものを作ってくれるに違いない。そんな凌の奮闘を応援していきたいと思う。

 ちなみに、著者の学慶人さんも女性の身体を持って生まれたが、心は男性であるトランスジェンダー当事者。なるほど、凌の葛藤や苦しみがここまでリアルに描かれているのは、学さん自身の体験が色濃く反映されているからかもしれない。

 とはいえ、本作は構えて読む必要なんてない。ファッションをテーマにしたエンタメ作品として一級品の仕上がりなので、ジェンダー問題を考えたことがない人でも気軽に手にとってもらいたい。

文=五十嵐 大