「幸せになりたいのではなく、幸せと思われたいだけ」 メンヘラってなんだろう。被害者意識の正体に迫る

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公開日:2020/7/14

『メンヘラの精神構造(PHP新書)』(加藤諦三/PHP研究所)

 心を病んだ人、という意味をもつメンヘラ。人間関係において、自分勝手な行動で次々とトラブルを起こす困った存在である。

 メンヘラと出会った側は自己中心的な言動に振り回されて、精神的に疲弊するだろう。しかしメンヘラ本人は、相手が自分を大切に扱ってくれないという“被害者意識”を感じている。

 この両者ギャップは、どこから生まれてくるか。メンヘラの正体に迫ったのが『メンヘラの精神構造(PHP新書)』(PHP研究所)だ。著者はこれまでに『モラル・ハラスメントの心理構造~見せかけの愛で他人を苦しめる人~』(大和書房)、『悩まずにはいられない人(PHP新書)』(PHP研究所)などを上梓している社会学者兼早稲田大学名誉教授の加藤諦三氏である。

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メンヘラはなぜ“被害者意識”が強いのか

 メンヘラとして生きるとは、どういうことだろう。メンヘラは自分勝手に生きているように思われるが、本書によるとじつは<心が地獄にいる>という。

 たとえば第三者からみてパワハラではないことでも、パワハラを受けたと“思いこんでしまう”のがメンヘラだ。客観的事実ではなく、自分が感じたことを事実として受け止めるため、被害者意識が強いのだ。

自分を苦しめているのが、事実そのものではなく、自分の事実の認識の仕方なのに、事実に苦しめられていると思い込んでいる人がいる。それが被害者意識の強い人である。(pp.38~39)

 そして、メンヘラの被害者意識の根底にあるのが「ナルシシズム」だ。ナルシシズムというと他人に無関心で、自己愛が強い人というイメージがある。しかし著者に言わせると、正しくは「ナルシシズム=自己偽愛」であるという。

 ナルシシズムを抱えるメンヘラは、意外にも「自分が周りからどう思われているのか」ということで頭がいっぱいだ。彼らは現実の自分に興味があるのではなく、他人の中にある“自分のイメージ”が大切なのである。

ナルシシストは別に幸せになりたいわけではない。幸せと思われたいだけである。別に優秀になりたいわけではない。優秀な人と思われたいだけである。別に親切な人になりたいわけではない。親切な人と思われたいだけである。(p.185)

 他人によく思われたいという気持ちが強いため、メンヘラは傷つきやすい。批判ではないことでさえ、批判と受け取ってしまう思い込みの強さがある。傷ついたと感じたら、事実がどうであれ、メンヘラは強烈な怒りを感じる。それが、被害者意識の正体なのである。

メンヘラの原因は「心理的成長の失敗」

 こう考えると、自分勝手にも思えるメンヘラの被害者意識は、ナルシシズムの歪んだ感情表現といえる。そして厄介なことに、これはコントロールの利かない<感情>であるから、周りがやめろといってやめられるものではない。

 本書によると、メンヘラとは心理的成長に失敗した人である。人は成長の過程でクリアしなければならない心理的課題を持っているが、メンヘラはそれらから逃避したまま大人になった。

 その原因のひとつとして挙げられるのが、小さい頃の親との関係である。本来、ナルシシズムは誰もが持って生まれてくるもので、愛されて成長する過程で昇華されていく。しかし親から「お前はダメなやつだ」と破壊的メッセージを受け取り続けたり、何も言い返せないほどの恐怖心で支配されたりしていた子どもは、ナルシシズムを抱えたまま大人になる。

 メンヘラは客観的事実がどうであれ、自分の心で<地獄>を生み出すものなのだ。著者はこれを心の自傷行為ともいっている。この地獄をメンヘラ自身が脱するには、自分の反応は間違っている・事実は違うと繰り返し自分自身に言い聞かせるしかないという。

 メンヘラと付き合うのはツライものだ。しかしメンヘラとして生きる人のほうが、悲惨な毎日を送っているのかもしれない。

文=ひがしあや