美容師からIT企業社員、書店員、パン屋まで。77人のコロナ禍日記アンソロジー『仕事本』――どう過ごしたのか?

文芸・カルチャー

公開日:2020/7/23

『仕事本 わたしたちの緊急事態日記』(左右社)

『仕事本 わたしたちの緊急事態日記』(左右社)は、様々な職業の老若男女77人が、コロナ禍をどう過ごしたかという日記を綴ったもの。いわゆるアンソロジー本と言っていいだろう。小説家の町田康を筆頭に、有名人の日記もいくつか含まれるのだが、評者が惹かれたのは市井の人々の非日常のほうだった。

 ひとりにつき6ページ前後の日記を読んでまず感嘆したのが、世の中には実に沢山の職種があり、それぞれに立ち向かう現実があることだ。馬の調教師、水族館職員、台湾の蕎麦店の経営者、夫婦問題カウンセラー、女子プロレスラー、ホストクラブ経営者、精神科医、占星術家等々。

 今回の場合、医療従事者の過酷さには目が行くが、例えば、評者はごみ清掃員の辛さを想像できなかった。感染リスクが極めて高く、「使命感と義務感の狭間で仕事をしている」と彼は記す。違反ゴミを出され、分別されていないゴミの袋を掻き分けてゆく、とも。

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 葬儀社スタッフも例外的な案件に出会う。コロナで逝去した可能性のある遺体は検査され、結果は結局肺炎だった。一安心という向きもあったが、コロナ禍の葬儀はそれまでのものとは、当然違ってくる。高齢者が多く訪れる葬式では参列者を減らし、家族ですら火葬にも立ち会えない。椅子やドアから記帳用のボールペンまで、すべてアルコール消毒。葬式に参列できなかった親族にはビデオ通話で現場の様子を伝え、故人の顔をiPhoneで撮影。本書では触れられなかったが、結婚式なども同じような状況があるらしい。

 ライヴハウスや劇場も早々に閉鎖され、多くのアーティストがネットで無観客のライヴ/公演を行った。評者は演劇に頻繁に通っていたので、これはショックだった。だがそんな中、大人計画の主宰で、シアターコクーンの芸術監督に就任したばかりの松尾スズキは、「人間は、なくてもいいものを作らずに、そして、作ったものを享受せずにいられない生き物だとも私は思っている」とネットに書いた。

 本書に登場するピアノ講師は、自分たちの仕事がなくても世間は困らないだろうと悟りながら、一抹の違和感を覚える。社会に余裕がないと、芸術や文化は不要なものとして真っ先に切り捨てられる、と。一方、ドイツ在住のイラストレーターによれば、ドイツの文化省は「アーティストは今、生命維持に必要不可欠な存在」と表明し、速やかにフリーランサーや芸術家、個人業者の救済に助成金が出る。オンラインで簡単な申請をすれば、数日で日本円で約60万円が支給されるという。

 コロナによる窮状は東日本大震災の時にも似ているが、3.11に比べると、じわじわと生活の中まで侵食して、身体や空気を蝕むような不穏さを湛えている。コロナにより、働き方や人生観が変わる人も多いだろう。それだけインパクトの強い出来事であることが、77人の日記からは読み取れる。

 最後に、ステイホームで読書の愉悦に浸りたい、という方には日記形式を借り秀作という意味で、芥川賞作家・金原ひとみの『パリの砂漠、東京の蜃気楼』(ホーム社)、ラッパー・ECDによる『ECDIARY』(レディーメイド・インターナショナル)、「Bunkamuraドゥゴマゴ文学賞」を受賞した作家で音楽家の中原昌也による『中原昌也 作業日誌 2004→2007』(boid)をお薦めしたい。

文=土佐有明