戦場で生きた女性たち…「失われたもの」ではなく「失わなかったもの」を描く圧巻の漫画『戦争は女の顔をしていない』

マンガ

更新日:2020/8/19

戦争は女の顔をしていない
『戦争は女の顔をしていない』(小梅けいと:著、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ:原作、速水螺旋人:監修/KADOKAWA)

 爪がなくなった湿疹だらけの手で兵士の軍服を洗う「洗濯兵」として戦場に送られた女性。お気に入りの赤いマフラーを身に着けて戦場に向かった「狙撃兵」の女の子。誰も知らない戦争の真実がここにある。約80年前に世界中を戦渦に巻き込んだ第二次世界大戦。当時の記録はさまざまなかたちで残されており、私たちはあの時代の愚を犯さぬように薄氷の上を歩いてきた。だけど、当時の全てを知っているわけではない。記録されなかった事実、語られることのなかった記憶、隠されてしまった歴史。それを掘り起こし、思い出し、見つめ直すこと。それは今を生きる私たちにとって何よりも重要なことだ。

 原作は、女性ジャーナリストのスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチが、500人以上の従軍女性から聞き取りを行ったインタビュー集。この本は出版後「祖国を中傷している」と非難を受け、祖国ベラルーシでは長い間出版禁止になっていたという。だが、彼女はその後も戦争をテーマにした取材を続け、のちにノーベル文学賞を受賞している。

 その偉大な原作を、ライトノベル『狼と香辛料』のコミカライズを手掛けた小梅けいとが、新たにコミカライズしたものが本作『戦争は女の顔をしていない』(KADOKAWA)である。

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 当時のソビエト連邦(現ロシア)で暮らす女性たちは、ある者は志願し、ある者は召集令状もなく従軍していた。軍に組み込まれた彼女たちは軍のあらゆる部隊に配属されていく。衛生兵として、通信兵として、狙撃兵として、飛行士として。そこで彼女たちは銃弾や爆撃の中に立ち、味方の兵士たちを救い、敵兵を殺す。だが、著者が耳を澄ますのは戦争の悲劇だけではない。戦場にいながらも、夜は女の子同士でおしゃべりをし、髪型を気にして、男物のパンツを穿くことを嫌がる、女性たちの日常の姿を丁寧に聞き取っていく。

 マンガ家の小梅けいとは、その女性たちを端正な筆致で描いていく。戦場においても、髪を結い、頭にスカーフを巻いて美しくあろうとする女性たち。夜になると軍靴を脱いでハイヒールをちょっとだけ履いてみる航空学校の女の子たち。飢餓状態の戦場に現れた仔馬を撃ったことで泣いてしまう若い女兵士。彼女たちは泣き、笑い、耐え、過酷な環境であっても自分であろうとし続ける。小梅けいとは、「失われたもの」ではなく「失わなかったもの」を描くことで、戦争を新しい切り口で描いているのである。

 このコミカライズは原作と同じくインタビュー集の体裁をとっている。著者が年老いた女性たちから戦場の思い出話を聞いていく現代のパートと、戦場に身を投じる女性たちの姿を描く回想パートが交互に織りなすことで、戦後と戦中の時間がつながり、ひとりの女性の人生が見えてくる。戦場で生きた時間はわずか数年に過ぎない。だけど、その数年がどれほど彼女の人生を歪ませてしまったのか。その重さが諦念にも似た哀しみから伝わってくる。

 読む前と、読んだあとでは、戦争に対する考え方が変わる一作だ。

文=志田英邦

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