【ネタバレあり】『鬼滅の刃』堂々の完結! 絶叫飛び交う完全決着と最終巻で色濃く表れた吾峠呼世晴先生の人生観

マンガ

更新日:2020/12/23

鬼滅の刃
『鬼滅の刃 22』(吾峠呼世晴/集英社)

数珠のオッサンの足と半々羽織の腕が千切れた
あっちこっちに転がっている死体は一緒に飯を食った仲間だ
返せよ 足も 手も 命も 全部返せ
それができないなら百万回死んで償え!!

 2019年から熱狂的な人気を博した『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴/集英社)。22巻でついに累計1億部に到達し、漫画史に刻む傑作のひとつとして金字塔を打ち立てた。

 さらに今超話題の映画『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』が、公開45日目にして興行収入275億円を突破(11月30日時点)。興行収入歴代2位の『タイタニック』を上回った。一部では「鬼滅の刃がコロナ禍の日本を救う」という趣旨の報道も流れ、これまで何度も述べてきたが、完全に社会現象となったわけである。

 そんな国民的大作も『鬼滅の刃 23』で最終巻となる。鬼に家族を殺され、妹が鬼になり、過酷な修業を経て鬼殺隊になった炭治郎。すべては妹・禰豆子を救うため。元凶である鬼舞辻無惨を倒すため。ときに禰豆子の処遇を巡って柱合会議で大ピンチになり、ときに鬼たちとの戦いで何度も死にそうになった。そして上弦の鬼との戦いでは、大切な仲間を何人もなくした。絶望と悲しみばかりの長く険しい道のりだった。

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 しかしどんなに辛く苦しい思いをしても、生きていかねばならない。命を懸けて戦った者たちの無念を晴らし、残された者たちと新しい日常を歩んで、未来へつないでゆく。そのために闘い続けてきた。とうとう本作で長きにわたる無惨との闘いも…決着を迎える!

 珠世が仕掛けた4つの薬の効果で、無惨は死の淵へと追いやられていた。普段ならば体を貫くどんな斬撃も、絶対に致命傷にならない。しかし珠世の薬の影響で、今や鬼殺隊の一撃が命を大きく揺さぶる。

 1000年間も人間を苦しめ続けた最強の鬼の首が、ついに見えた。だから鬼殺隊はどれだけ傷つき血を流そうとも、命を燃やして立ち上がる。

 伊之助は怒りで涙を流しながら刀を振るった。善逸も「禰豆子ちゃんと帰るんだ。生まれ育った家に帰るんだ」と叫びながら、「神速 霹靂一閃」を放った。直前に無惨から衝撃波のような、強烈な一撃を食らった炭治郎も、2人に励まされるように日の呼吸を繰り出す。

 甘露寺は「もういい加減にしてよぉ!!」と怒り狂って、無惨の片腕を引きちぎった。反対から現れた不死川は、もう片方の腕を切り裂いた。伊黒は、グロテスクに割れた口で食べられそうな炭治郎の盾となった。

 そして待ちに待った瞬間。とうとう日が昇り始める。瞬時に「体が灼きつくされる」と察知した無惨は、肉の鎧をまとうべく赤子のような姿になった。このとき一緒に炭治郎を取りこんでしまう…。

 もはや人間とも鬼ともいえない生物になった無惨は、日陰に逃げようとしたが、悲鳴嶼、冨岡、不死川、そしてお館様の指示で動く隠(かくし)たちの阻止に遭い、獣のような叫び声を上げて砕け散った。

 どれだけ待ち望んだことか。ついに、ついに鬼舞辻無惨を倒すことができた。誰もが安堵していたそのとき、炭治郎に異変が――。

『鬼滅の刃』のエンディングは、2つある。それは204話と、最終話の205話だ。204話は1000年にわたる鬼との闘いに勝利した鬼殺隊のエンディング。彼らの表情が清々しい。そして最終話は、鬼殺隊が命懸けでつないだ未来の、後日談だ。

この作品を読んで、どれだけ胸がドキドキしただろう。絶望と死闘が渦巻く怒涛の展開に、フィクションでありながら胃がキリキリした。

 この作品が描く死生観に、どれだけの人が思いを馳せただろう。人間の優しさと儚さが折りなす繊細で美しいエピソードが、多くの人の日常に彩を与えた。

 作中、このようなト書きがある。

あまりにもたくさんのものを失った
それでも俺たちは生きていかなければならない
この体に明日が来る限り

 これこそ『鬼滅の刃』を通して語られた、吾峠呼世晴先生の人生観ではないか。苦しいこと、悲しいこと、辛いこそ。なぜか優しい人ばかりが、そのような目に遭う。怒りでどうにかなりそうだ。もうすべてを投げ出してしまいたい。

だけど精一杯力を合わせて皆の願いは叶ったよ
これからまたどんなにつらいことがあっても
助け合い前を向いて生きていきます
みんなに繋いでもらった命で俺たちは
一生懸命生きていきます

 単行本の最後には、ともに戦った仲間たちの「描き下ろし」がある。なかには命を落とした者もいるけれど、みんな穏やかな表情を見せる。その様子に、胸が熱くなった。彼らはみんな、迷うことなく命をまっとうしたのだ。

生きていることはそれだけで奇跡
あなたは尊い人です
大切な人です
精一杯生きてください
最愛の仲間たちよ

 描き下ろしを読んだ人は、「あれ?」と思うかもしれない。それぞれのト書きは仲間たちの気持ちを表現しているようで、実は吾峠先生から読者に送られたメッセージではないか。真相はわからない。けれども読んだ者の胸に、深く刻まれるはずである。

 これだけ心を揺さぶられた作品はあまり覚えがない。そんな傑作が、漫画として完全に幕を閉じる。とても寂しいことだ。しかしすべての物事には終わりがある。だから美しい。『鬼滅の刃』は、有終の美を飾ることができた。そんな作品をリアルタイムで最後まで追いかけ続けられた私たちは、間違いなく幸運であった。

 最後に、この大作を描ききった吾峠呼世晴先生に大変な感謝の意を示したい。先生のおかげで日本中が熱狂しました。ありがとうございました。日々の景色が灰色になるような辛い出来事も起きた中で、夢中になれる時間を与えてくださいました。先生の次回作を心待ちにしております。

文=いのうえゆきひろ