妻がマルチ商法にハマって家庭崩壊した話。夫でも止められない洗脳を解く難しさ

暮らし

公開日:2021/1/19

妻がマルチ商法にハマって家庭崩壊した僕の話。
『妻がマルチ商法にハマって家庭崩壊した僕の話。』(ズュータン/ポプラ社)

『妻がマルチ商法にハマって家庭崩壊した僕の話。』(ズュータン/ポプラ社)とは強烈だ。内容は説明するまでもなく、このタイトルに集約されている。いつの間にか悪質なマルチ商法にどっぷりハマっていた著者の妻。著者はもとに戻るよう必死の努力をするが、その甲斐なく妻と離婚。一人娘とも別れることになった。その経緯や心境をツイッターやnoteで吐露していたことをまとめている。

 マルチ商法とは「連鎖販売取引」という販売形態の通称。商品の購入者が新たな購入者を勧誘し、その相手に商品を販売すると手数料が得られるビジネスだ。「連鎖販売取引」自体は法的に認められているが「新たな購入者を勧誘する」プロセスで問題が起きやすい。ターゲットにした人物に、禁止された勧誘方法を用いて購入に至らせ、徐々に洗脳していき、多額の金銭をつぎ込ませる。そんなケースが昔から絶えない。怪しげな宗教や霊感商法、あるいは悪質な情報商材ビジネスにハマって身を持ち崩すのと同じようなパターンと言える。

 著者の妻のケースは、「ニセ医学」がハマるきっかけだった。健康を気にする妻が、紹介者の巧みな甘言により、マルチ商法の商品が謳う科学的根拠のない健康効果を妄信してしまったのだ。もちろん、著者が妻の変化に全く気づいていなかったわけではない。妻が効果の科学的根拠に乏しく、過去には関連事案で逮捕も出た「コーヒー浣腸」を勧めてきたり、病院ではなく助産院での出産に強くこだわるようになったり。家の家電やキッチン用品も「健康にいい」と謳うマルチ商法の商品に次々と変わっていく。何かおかしいとは感じていた。それでも愛する伴侶の行動。よかれと思ってやっていることだろうと、しばらくの間、容認していた。そのうちに妻はもう後戻りできないレベルでマルチ商法にハマっていたのである。著者があらためて周囲の人に聞き取りをすると、妻は著者の知らないところでママ友や近所の住人にも勧誘を行っていたのだった。

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「もっと早く、強引にでもやめさせるべきではなかったか」と著者を責める人がいるかもしれない。しかし、本書の生々しい記録からは、それがいかに難しいかがヒシヒシと伝わってくる。愛する家族、信頼している人物の行動を、ハナから疑いの目をもって接することへの抵抗感。さらに洗脳を解くという行為は、相手が親しい人物でも素人にとって容易いことではない。

 それは著者が本書で紹介している、ツイッターを介して聞き取りに至った何名かの被害者家族・友人のケースを読めば、さらに強く感じるだろう。特にマルチ商法にハマった母と2人暮らしだった女性の告白は衝撃だ。「母が同級生の友人や担任の先生にもマルチ商法の勧誘をする」「体調を崩しても病院に連れて行ってもらえず、マルチ商法で購入したサプリメントばかり飲まされる」「母とマルチ商法で知り合ったおじさんとのデートに連れて行かれる」など、もはや虐待といってもいいレベル。結局、この女性の母と父は離婚。家庭は崩壊してしまったという。

 著者はこうした多数の被害者の聞き取りや独自の調査から、マルチ商法にハマる人の性別・年齢に極端な傾向はなく、いつ誰がハマってもおかしくないと警鐘を鳴らす。「まさか自分が、身内が」と思う人もいるかもしれない。しかし、人の弱みやスキにつけ込んでくるのが悪質な商売の常。

 個人的な話だが、以前、筆者は知人から紹介された取材相手がマルチ商法に関わっていると察せられることがあった。インタビュー場所に指定された取材相手の自宅に足を運ぶと、それとわかる商品が多数あり、「よく友人を招いてバーベキューなどをしている」なんて話もしてくるのだ。締め切りが迫っているのに取材先が決まらず困っていた中、急なスケジュールを了承してもらった取材。もし、それを盾にセミナー参加や商品購入の誘いをされたら、無下に断れるだろうか。結果的に何かに誘われることはなかったが(一応、メディア関係の人間ということで相手も警戒したのかもしれない)、今でも思い出すと冷や汗が出る。たとえ「自分は騙されない」と思っていても、仕事での「恩」「義理」「しがらみ」といったものが、マルチ商法との接点になってしまうこともあるのだ。

 著者はマルチ商法の怖さだけではなく、妻を止められなかった後悔や打ちひしがれた心境も、包み隠さず記している。そこから感じるのは自分と同じような被害者が生まれてほしくないという強い意志だ。日常に潜む悪質なマルチ商法の「落とし穴」。その危険信号をぜひ学んでほしい。

文=田澤健一郎