頼りないおじいさんの正体は、元極道!? 深夜のコンビニを舞台にした、やさしい人情マンガが胸を打つ

マンガ

公開日:2021/3/6

島さん
『島さん』(川野ようぶんどう/双葉社)

 原稿を夜に書くことが多いため、しばしば深夜のコンビニを訪れることがある。時間帯にして、深夜2時頃。外は静まり返っているのに、そこにはテキパキ働くコンビニの店員さんたちがいる。しょっちゅう通っているため、「あ、今夜はこの人なんだ」と店員さんの顔も覚えてしまった。けれど、彼らがどうして深夜に働いているのかはわからない。昼夜逆転する生活はしんどくないのだろうか。なにか理由があるのかな……。

 そんなことを考えるようになってしまったのは、『島さん』(川野ようぶんどう/双葉社)を読んだから。

 本作は深夜のコンビニを舞台にしたマンガ。タイトルにもなっている島さんとは、そこで働くおじいさんの名前だ。

advertisement

島さん

 島さんはコンビニバイトのベテラン。にも拘らず、どこか頼りない。インターネット受付のやり方がなかなか覚えられず、湿布を貼った腰が曲げられずヒイヒイ言う始末。バイト仲間の子関くんからも頼りなく思われてしまうくらいだ。

 と、ここまでが第1話の冒頭。子関くんと同様に、読者も島さんを見ては「このおじいさん、本当に大丈夫かな……」と不安を覚えるに違いない。けれど、島さんへの印象がガラッと変わる展開が訪れる。それは未成年と思わしき、ちょっとヤンチャな少年たちがタバコを買いに来るシーンだ。

 相手は複数人で、いかつい見た目。気弱なところがある子関くんは、それでも頑張って「身分証の提示」を求めるものの、彼らは応じない。それどころか、子関くんに食って掛かる。その迫力に負け、「もう売ってしまおうか」とすら考える子関くん。

 しかしその瞬間、休憩から戻った島さんが毅然と言う。

「未成年の方にタバコは販売できません」

島さん

島さん

 もちろん、彼らは引き下がろうとしない。そのとき、島さんは少し離れたところにいた、彼らの仲間にもう一度声をかける。

「年齢が確認できなければ タバコの販売はできません」
「お連れの方にも どうぞよろしくお願いします」

 島さんが声をかけたのは、彼らを率いるボスのよう。島さんは誰がグループを統率しているのかを瞬時に見破り、下っ端ではなく、直接ボスに注意したのだ。そのかいあって、ごねていた下っ端たちも引き下がることに。

 窮地を救われた子関くんは、島さんに感謝を伝える。そして、島さんの勇気を称える。

 ここでふと疑問が湧く。どうして島さんは、ヤンチャな少年たちに怯まなかったのか。どうして彼らのボスを見抜くことができたのか。

 その理由が明らかになるのは、仕事を上がった島さんが普段着に着替えるシーン。コンビニの制服を脱いだ背中には、和彫りの入れ墨が一面に入っているのだ。そう、どうやら島さんは「元極道」で、なんらかの事情によってコンビニで働いているらしい。

島さん

 第1話からあっと驚く展開を見せる本作。その主軸となるのは、真っ直ぐな価値観を持つ島さんがコンビニで起こるさまざまなトラブルに立ち向かい、やさしい言葉とともに解決に導いていくさまだ。万引きをする少年とその家族、偏見をぶつけられる外国人労働者、コンビニ強盗……。どれもこれも一筋縄では解決できないはずなのに、島さんは重みのある言葉と柔らかな態度で相手の心を解きほぐしていく。そして単行本第1巻に収録されているラストエピソードでは、島さんの過去が少しだけ明かされる。それを読むと、島さんが強さとやさしさを兼ね備えている理由がわかるはず。

 とはいえ、どうして極道をやめてコンビニで働くようになったのかはいまだ謎のまま。そこにも深い事情がありそうだが、それはきっと今後の展開で徐々に明らかになっていくのだろう。

 ちなみに、あとがきや作者紹介によると、作者・川野ようぶんどうさんは単行本を出すまでに約20年かかってしまったそうだ。その期間、ずっとコンビニで働いてきたという。おそらく、川野さん自身も相当苦労し、何度も挫折しそうになったに違いない。それでもマンガ家という夢を諦めずに努力を続け、ようやく『島さん』でその夢を叶えたのだ。

『島さん』にとてもやさしく温かい雰囲気が漂っているのは、作者である川野さんの人柄も関係しているのかもしれない。作品同様、とても応援したくなる。

文=五十嵐 大