2020年、コロナ禍……表現者52人が綴るそれぞれの一週間から、世界の変わりようを知る

文芸・カルチャー

公開日:2021/8/6

パンデミック日記
『パンデミック日記』(「新潮」編集部:編/新潮社)

 2020年。コロナ禍が日本を襲った。同時に、「これまでどおり、心身を安定させながら毎日を懸命に生きるにはどうすればいいのか」と、個々が考える機会が増えた。

『パンデミック日記』(「新潮」編集部:編/新潮社)は、表現者52人が日記としてそれぞれ2020年のある一週間を綴る。2020年1月1日から12月31日までの366日・52週間を一週間ずつだ。

 表現者の「表現」の幅は広い。筒井康隆、小川洋子、今村夏子などの小説家はもちろん、漫画家・文筆家のヤマザキマリ、劇作家・演出家のケラリーノ・サンドロヴィッチ、画家の大竹伸朗、音楽家の坂本龍一などそうそうたる顔ぶれだ。

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 突然の新型コロナ流行に巻き込まれながらも、それぞれの日常がどのように営まれていたのか。52人それぞれの異なる生活が描写されている。

 例えば、デビュー作『こちらあみ子』が太宰治賞・三島由紀夫賞をW受賞したうえに、今年、映画化も決定した今村夏子さん。著作は刊行されるたびに反響を呼び、2019年の『むらさきのスカートの女』の芥川賞受賞や、去年の『星の子』映画公開も記憶に新しい。

 今村夏子さんがエッセイを書くことは珍しい。2020年5月27日から6月2日までの一週間の日記は貴重だ。創作活動のことだけではなく、子育てについても綴られている。

 5月31日の最後には、こんな一文も添えられていた。

“何もないけど結婚記念日。六十歳になったら渡す手紙を書いた。”

 この手紙は、どんなに今村夏子さんの作品が好きでも、今村夏子さんのパートナーしか読めないものだ。そして5月31日の大きな出来事としてこのくだりを書かず、最後にさっと触れ、強い印象を読者に残す今村夏子さんの文章のセンスにも驚かされる。

 一週間、没頭して創作活動をしている人もいれば、目にしたもの、耳にしたものに対する感想を綴る人もいる。その中で、彼らの人生は流れ続けている。

 坂本龍一さんは、12月2日から8日までの出来事を、時間と共に記す。ピアノの練習や撮影など、著名な音楽家は毎日忙しい。それでも6日の夕方から8日までは少し時間がとれたようで、坂本さんは京都へ旅立つ。芸術家の目にする京都はどのように映るのか想像がふくらむ。

“高瀬川、なんと甘美な響き。暮なずむ五重塔、東山に帰る鳥の群れ。”

 この表現を読んで気づいた。坂本龍一さんの文章は、音楽のようにリズミカルなのだ。

 そして、日常の中にも新型コロナは存在する。

 新型コロナの存在に世界中が危機感を抱いた2020年2月下旬から3月のはじめ、ヤマザキマリさんは世の中の流れと不安を文章にしたためた。

 2020年3月13日には緊急事態宣言の発出を可能とする法律が成立した。その期間の日記を担当していたのは小説家・佐伯一麦さんで、その前日にあたる3月12日、「新型コロナウィルスの話題ばかりのテレビニュースを見ながら夕食」と書いている。

 パンデミックの中、仕事や家庭生活を営み続ける表現者たち。その姿から、読者である私たちは日常の大切さを学び、パンデミックを乗り越える勇気をももらえるのではないだろうか。

文=若林理央

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