『サザエさん』の主題歌も「木綿のハンカチーフ」も! 小室哲哉を凌ぐ大ヒットメーカー筒美京平の秘密

文芸・カルチャー

公開日:2021/8/31

筒美京平 大ヒットメーカーの秘密
『筒美京平 大ヒットメーカーの秘密』(近田春夫/文藝春秋)

 24年もの長きにわたって『週刊文春』に連載された「考えるヒット」で、ヒット曲の秘密を硬軟取り混ぜながら一般読者にもわかりやすく解き明かしてきた音楽家の近田春夫さんが、2020年10月7日に亡くなった作曲家・編曲家の筒美京平さんについての新書を上梓された。その名も『筒美京平 大ヒットメーカーの秘密』である。これは期待せずにはいられない。

 本題の前に、簡単なプロフィールを。筒美京平(本名:渡辺栄吉)さんは1940年、東京の神楽坂で生まれ、虎ノ門で育った。大学卒業後にレコード会社へ就職、1966年『黄色いレモン』で作曲家としてデビュー。オリコンで1位を獲得したのは39曲(しかも60年代、70年代、80年代、90年代、00年代の各年代で1位を獲得している)、その年の売上げ1位を記録したのは71、72、73、75、76、81、82、83、85、87年の計10回、作曲作品の総売上7560万2000枚は歴代1位……とにかく記録ずくめだ。しかも驚異的なスピードでヒット曲を量産、多作だった時期には1ヶ月に45曲も作曲したというから尋常ではない。さらにはグループサウンズから歌謡曲、アイドル、アニメ『サザエさん』の主題歌までとジャンルも問わない。聞く側からすると「これも筒美京平? え、この曲もそうなの!?」と混乱するほどで、しかもほとんど表舞台に出てこないという神秘性も相まって「実は筒美京平は複数人のプロジェクトなのでは?」という憶測まであったくらいなのだ。

 さて本題に戻ろう。『筒美京平 大ヒットメーカーの秘密』(文藝春秋)は2部構成となっている。

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 第1部では筒美さんが作曲家としてデビューした1966年から、亡くなった2020年までを年代順に考察。公私ともに筒美さんと交流のあった近田さんが、本書の構成を担当した下井草秀さんとの軽妙な対談形式で『ブルー・ライト・ヨコハマ』『魅せられて』『Romanticが止まらない』『強い気持ち・強い愛』『AMBITIOUS JAPAN!』といった筒美作品、当時の流行や阿久悠、松本隆、秋元康、鷺巣詩郎といった人たちも俎上に載せ、独特の表現を繰り出しながら考察を重ねていく。このパートを読んでいて唸ったのが、筒美さんに次いで歴代2位の売上を誇る小室哲哉(帯の文言も担当)さんとの対比だ。筒美作品には簡単に真似し得る「らしさ」がない、と語った上でこう形容されている。

 なぜなら、筒美京平というのは、どこまで行っても一つのフィルターだから。ある音楽を、筒美京平を通して濾過するとこうなる、というシミュレーションの形で曲を作ってるからさ。そこに、筒美京平という実体は存在しない。掴んだと思っても、その腕からスルッと逃げていく。小室哲哉がシステムだとしたら、筒美京平はフィルターなんだよ。

 第2部は長年レコード会社でディレクターを務めた筒美さんの実弟・渡辺忠孝さん、筒美さんが作曲家・編曲家として独立するきっかけを作った作詞家・橋本淳さん、筒美さんがデビューに関わった歌手・平山みきさんへのインタビューだ。ここでは「筒美京平/渡辺栄吉」の人となりを知ることができる貴重な話が満載だ。また初めて作った曲『さんぽかいのうた』の譜面や、各人の選んだ筒美作品のリストも掲載されており、新たな発見もある。

 以前、筒美さんの楽曲の多くを編曲された作曲家・編曲家の船山基紀さんにインタビュー(https://ddnavi.com/interview/579892/a/)した際、船山さんも出演されていた、筒美さんが自らの生い立ちや曲作りについて語るNHK BSプレミアムの番組『希代のヒットメーカー 作曲家 筒美京平』(2011年放送)の話題になり、「NHKのフィルムは貴重だよね。“しゃべる筒美京平”ってすごいよ」とおっしゃっていた(そのくらいマスコミへの出演がなかったのだ)。筒美さんの影響を多大に受けているという船山さんに、編曲の依頼があったときのことについて聞くと「たぶん僕に声をかけてくれたのも、京平先生が“新しいもの好き”っていうところがあったんじゃないかなと思うんだよね」と語っていた。

 常にアンテナを張り、新しい音楽に敏感で、面白いと思ったらアプローチして貪欲に吸収し、自らのフィルターを通して新しい楽曲を生み出す音楽家・筒美京平……本書で特に印象的だったのが、近田さんが筒美さんを「含羞の人」と評したことだった。裏方に徹してほとんど人前に出ず、ヒットを連発して長年活動したにもかかわらず業界の色に染まらない、功成り名遂げた方であるのに名誉職をめることもなかった筒美さんの高潔な人柄と都会的で洗練された佇まい、音楽を愛するがゆえの純粋さが、含羞という言葉ですべて理解できるのだ。言い得て妙である。

 近田さんは「あとがき」に、本書を書くきっかけについてこう記している。

 というのも、色々なところで目にした追悼記事やコメントの大半が、巨匠となってからの“仕事絡みのエピソード”で、『人間筒美京平』という切り口/視点でこの偉大な音楽家について語られるようなものは残念ながら本当に少なかったからだ。これを機に自分なりに、何かそうしたものを――僭越ながら――残せるかも知れないと思ったのだ。
 いってみれば筒美京平ではない。渡辺栄吉のことである。

 これまで明かされることのなかった大ヒットメーカーの曲作りの秘密と素顔、本書に登場する曲を聞きながら、じっくりとお楽しみあれ!

文=成田全(ナリタタモツ)

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