「今月のプラチナ本」は、窪美澄『朔が満ちる』

今月のプラチナ本

公開日:2021/10/6

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『朔が満ちる』

●あらすじ●

酒を飲むたびに暴れて家庭内暴力を振るう父に耐えかね、当時13歳だった史也は父の斧を手に襲いかかった。父に対して明確な殺意を持ち、それを実行に移してから十数年――心に傷を負ったまま家族と離れ、東京でカメラマンとして働く史也は、ふとした出来事から看護師の梓と出会う。彼女との出会いを通じて、史也は父の暴力に支配されていた過去を振り返り、それまで頑なに避けていた己の家族と向き合っていく。

くぼ・みすみ●1965年、東京生まれ。2009年『ミクマリ』で第8回女による女のためのR-18文学賞大賞を受賞。受賞作を収録した『ふがいない僕は空を見た』(新潮文庫)が、本の雑誌が選ぶ2010年度ベスト10第1位、11年本屋大賞第2位に選ばれる。また同年、同書で山本周五郎賞を受賞。12年、第2作『晴天の迷いクジラ』(新潮文庫)で山田風太郎賞を受賞。19年『トリニティ』(新潮文庫)で織田作之助賞を受賞。その他の著作に『アニバーサリー』(新潮文庫)、『さよなら、ニルヴァーナ』(文春文庫)、『よるのふくらみ』(新潮文庫)、『水やりはいつも深夜だけど』(角川文庫)、『やめるときも、すこやかなるときも』(集英社文庫)、『じっと手を見る』(幻冬舎文庫)、『私は女になりたい』(講談社)、『ははのれんあい』(KADOKAWA)など。

『朔が満ちる』

窪美澄
朝日新聞出版 1870円(税込)
写真=首藤幹夫
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編集部寸評

 

歩むべき道をかたどる、言葉の力

親にちゃんと愛されなかった自分は、親になれるのか。この恐れを胸に秘めた読者は少なくないだろう。本書の史也も「最低最悪な子ども時代」を終わらせ、今度は自分が「いつか親になれる」ようにおそるおそる進んでいく。そのとき力になるのが、周囲の人々の言葉だ。伯母、母、妹、仕事の師である吉田、駐在さん、そして梓から。史也はたくさんの言葉を受け取り、その中から自ら選んだ言葉で、自分の歩むべき道をかたどっていく。これは映像ではなく言葉で描かれるべき物語なのだ。

関口靖彦 本誌編集長。どんな環境で育っても、過去からの連鎖を断ち切り、新しい家庭を作ることは可能なはずだ、という著者の強い信念を感じる物語でした。

 

負の鎖をはずせるか

酷い家庭内暴力をふるい続ける父親を殺そうとした13歳の史也。その重荷を背負い憎しみを抱き続けるなんて、想像もつかない絶望だ。彼がギリギリのところで闇に取り込まれないでいるのは、両親以外に目を向けたから。伯母さんに、上司であるカメラマンの吉田さん、そして偶然出会った女性・梓。彼らにセーフティネットとなってもらうことで、そして史也自身も誰かのセーフティネットになることで……。「サバイブ、したのか? 俺ら」。その答えは君の未来が握っている!

鎌野静華 約17年携わってきたダ・ヴィンチから卒業することになりました。皆様大変お世話になりました。一番の思い出は川原泉さんの特集ができたこと!

 

正直に楽しんで一気に読みました

本人に伝えたら怒られそうだが、主人公・史也の半生を楽しんで読んだ感覚が強い。上京した彼はカメラマンという仕事に就き、そこで師となる吉田と出会う。忙しい日々の中で女性とも深い関わりを持つが、腹の底から解き放たれることはない。実の父親から暴力を振るわれ、殺意を抱いて実行した、という事実がどれだけ本人を縛りつけるのか、根本的には理解できない。だとしても、史也が日々の糧を得るようになってからの生活を愛おしいと思ってしまった。皆さんの感想を知りたい。

川戸崇央 櫻井孝宏さん初エッセイ集『47歳、まだまだボウヤ』が発売! ということで今回は初単独表紙をお務めいただきました。眼鏡特集も是非ご覧ください。

 

きっと、人はなかなか強い

酒を飲む父親に暴力を受けていた男性から、話を聞いたことがある。過去を話す口調は荒く、その目は冷たい。でもいつもは楽しく、家庭的で陽気な人。本書第一章、父の怒鳴り声や腹部を蹴られた母の姿、折られた中指、斧をふりあげる主人公の史也の心情……とんでもなく強烈な描写に息を吞む。いきなりのそのインパクトに圧倒され、特に前半の疾走感にページを繰る手は止まらない。そして最後の展開に救われた。ありきたりだけれど、人は過去を乗り越えられるのだ、きっと。

村井有紀子 先日テニススクールでラリーを30分続けるという謎な特訓レッスンを受けました。テニスにぴったりの時期到来! どなたか一緒にやりませんか。

 

「ただ、彼はこの家でたった一人だった」

子どものとき大きな傷ができてしまうと、子ども時代から出られなくなる。家を出て、大人になっても、どこかで小さな子どもが震えている。ゆるさない。忘れない。でもいつか「その家」から出ていかなくちゃいけない。この物語は、傷つけられた子どもがそこから出ていく旅を描く。そのために手に取るのは、誰かの手か、それとも斧か。斧を手離すのが容易ではないことも、その苦しみも描く。子が苦しみ、親が苦しみ、まっくらな道の果て、やがてきれいに朔が満ちる。

西條弓子 窪さんが描くまた違う家族の話『かそけきサンカヨウ』対談も読んでほしい!(50Pより)。家族って、満月にも新月にもなりますよな。

 

“ただ生きてほしい”という願い

「泣け! 泣け! わめけ! わめけ! 気が済むまで」。父親を殺そうとし、部屋に引きこもるようになった史也に、彼の伯母が放った言葉。これこそ暴力に支配された環境で育った彼が必要としていた言葉だったと思う。泣いていいのだと、ただそこに在ることを肯定してくれる存在は、一つの“居場所”になる。伯母は言う、「あんたは東京で生まれ変われる」と。憎しみに飲み込まれそうな史也を見つめ、未来を信じて送り出す彼女の姿に、ただ生きてほしいと願う、切実な祈りを感じるのだ。

前田 萌 愛犬が生後9カ月を迎えました。リモートワーク中もPCに興味津々。会議中に画面にひょっこり出てくる耳、それうちの犬の耳なのです……。

 

果たして、苦しみは連鎖するだろうか

「毒親」「家庭内暴力」という言葉が一般化して久しい現代。子供にとって、自分を守ってくれるはずの親から暴力を受けるのは何よりも辛い。父を殺そうとした事実は、罪の意識と重なって主人公の心に深い影を落としている。しかし、上司や梓との出会いをきっかけに少しずつ「子供の頃の自分」と区切りをつけ、自力で家族との決別を選択していく史也の物語は、子供は親を選ぶことはできないが、大人になった自分の人生は、自らの力で選択できることを改めて思い出させてくれた。

細田真里衣 今月の眼鏡特集、編集部の担当者は全員眼鏡でした。誌面を埋め尽くす「眼鏡」「眼鏡」「眼鏡」の文字! こんなに眼鏡100%の特集になるとは……。

 

未来を諦めない。史也と“家”の物語

建築専門カメラマン・史也の目に映る“家”はどこか滑稽だ。暴力の舞台となった、洒落たペンションのような実家。一切の生活感を許さない被写体としての新築住宅。恥部を隠し、見せたい姿だけを表に向ける“家”の二面性にゾッとする。それでいて史也は、汚れた壁に恐縮する施主家族を「子どもの落書きもいいものですよ。家の歴史というか…」と思いやる優しさもある。壮絶な過去を持ちながら、家の歴史を尊重できる史也。その人柄そのままの清々しいラストが沁みる。

久保田朝子 今号から他部署と兼任の形で編集部に加わることになりました。いろんなエンタメ作品に出会えるのが楽しみです。よろしくお願いいたします。

 

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